新・地震学セミナーからの学び
54 国会における地震予知の審議(1)
第033回国会 科学技術振興対策特別委員会 第5号

昭和三十四年十二月二日(水曜日)

    午後一時二十三分開議

      ――――◇―――――

○村瀬委員長 この際、前回の委員会において、十月二十七日に参考人として意見を聴取することに決定しておりました松沢武雄君及び宮本貞夫君は、都合により委員長において本日委員会に御出席願うよう手続をとっておいたのでありますが、これに御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○村瀬委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。

     ――――◇―――――

○村瀬委員長 これより地震予知等に関する問題について参考人より意見を聴取することにいたします。

 本日御出席の参考人は、東京大学理学部教授松沢武雄君、地震学会会員、東京都立雪谷高等学校教諭宮本貞夫君及び、ただいま決定いたしました気象庁気象研究所地球電磁気研究部研究官石川業六君、気象庁研修所運輸技官高木聖君、以上四名の方々であります。

 この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。

 本日は御多用中のところ、本委員会の調査のためわざわざ御出席を賜わりまして、ありがたく御礼申し上げます。

 ただいまより地震予知等に関する問題について御意見を伺うことといたしたいと存じます。なお、御意見は、宮本貞夫君、高木聖君、石川業六君、松沢武雄君の順序で伺うこととし、時間は約二十分程度としていただきまして、そのあと、委員諸君の質疑があれば、これにお答え願いたいと存じます。

 まず、宮本参考人よりお願いをいたします。

○宮本参考人 私は、ただいま御紹介にあずかりました宮本でございます。地震予知の問題につきまして、本日当委員会において審議される運びとなりましたことは、私の無上の喜びとするところでございます。

 地震学界の定説といたしまして、現段階においては地震予知は不可能である、そういうふうにされておりますことはよく承知をしているものであります。しかし、大地震の場合におきましては、各大学の専門家によりまして地電流または地磁気のような現象におきましては非常に顕著なる前兆をつかんでいるという例は相当にあるのであります。換言すれば、地震等の完全なる解明がなくても、その前兆を科学的な器械で記録しさえすれば相当な正確さをもちまして予知ができる、そういうことは別の角度から成立するのではないかと思うのであります。ここに陳情して参っておりますところの、地震予知にきわめて有効であると理論づけ、かつまた立証できる器械である高木式無定位磁力計と申しますものは、気象庁高木聖技官が電気関係者のヒントによりましてその原理を追求し、かつまた改善をし、組織的観測も過去においてなしたものでありますが、地震前の異常を一ないし五日くらい前に明確に記録するものなのであります。私は地震学会における高木君の幾つかの研究発表に興味を持ちまして、約十年くらい前より地震及び地震予知の問題につきまして高木氏と相当に意見を交換しておったのであります。実は私は、その当時は地震の伝わり方の変化から地震予知の研究をしておりまして、福井地震前後につきましても、私としましては相当によい例を学会に発表いたしたのでございますが、残念なことには、地震計の精度がその問題を論議するにはまだ不十分である、そういうような御批判を地震学会でいただきまして、私としましては、その点において行き詰まっておったのでございます。かつまた、その方法は海上遠くにおいて起こる地震に対しましては、全然有効でないという事実が実はあったのであります。その当時は、今から約七年前でありまして、そのころに、高木聖君が私のところへこの問題になっておる磁力計を持ってこられまして、実は、設備もされて観測をしてはどうか、こういうふうな、個人的ではありますが、友人的な範囲で依頼があったわけであります。私は半ば疑いを持っておりました。このような簡単な器械で予知できるはずはないと私は思っておりました。ところが、元地震課長の鷺坂清信氏がその著書「地震と津波」――これは目黒書店から出ておると思いますが、その著書の中に、南海道地震の前におきましては、高木君の器械で、約三週間にわたりましてきわめて顕著なる特別な変化があった、原理はわからないが、注目に値するという記事を見まして、実は、それを一つの私の重要な根拠といたしまして、これはできるだけ研究をして、明らかにしたい、そういう意欲がわいたのであります。しかしながら、場所の条件がはなはだ悪くて、数年間なし得なかったのであります。しかし、その後幸いにいたしまして、観測場所のやや適当なところを得ましたので、私は、三年くらい前から、普通の磁力計とこの磁力計との比較研究を続けて参りました。そして、その両者の特徴の差につきまして大体見当がつきまして、この磁力計を使いまして地震前の特別な変化を記録し、かつ研究を続けて参ったのであります。

 この図で最近の例を説明させていただきます。実はことしの八月から現在までの状況をしるしておるのでございますが、少なくとも、大きな地震でありますと、その数日前、小さい地震でありますと、わずか一回くらいの小さな異常でございますが、私が最近驚きましたのは、ことしの十月初めより、今までに見られないような大きな変化が続出したのであります。すなわち、磁石の振動に直しますと、約一・五度の振幅を持っているということをテストによって確かめております。しかも、この十月の十一日、十二日におきましては、合計六時間以上に及びまして、かつ、回数も三百回程度を越えております。そのような顕著な異常がありましたので、私は、この事実と、過去五年間の高木君時代の記録との相関を求めてみまして、これは相当に大きな地震が関東地方またはその周辺に起こることを予想いたしまして、気象庁地震課にも連絡をいたしました。ラジオ東京よりも依頼がございまして、やや不確実な予想ではございますが、十五日以後三週間以内にはある程度の地震が関東地方あるいはその近くに起こるのではないかと発表いたしました。実は、その当時、地震課としては、少なくとも重大な関心は寄せなかったのであります。しかしながら、現実にはこの予想は、予想した期間の二十六日、言いかえれば、発表してから十一日くらい後に、福島沖海上百七十キロの地点で、相当に大きい地震が生じたのであります。東京からは三百五十キロも離れておりましたので、東京ではわずかに震度が一で、相当注意しないと気がつかないというふうな小さい地震であったのであります。しかしながら、この地震のエネルギーといいますものは、昭和二十年に死者二千、負傷者千人、全壊家屋五千五百日を出したところの三河地震に相当に接近をしたエネルギーであるということを実証いたしましたので、私の予想はほぼ正しかったものであると考えております。言いかえれば、不完全ながらではありますが、これは、科学的資料で地震予知をいたしましたところの、実は第一回目のものではないかと私は考えるのであります。今回は、幸いに震源地が海上であったからよかったものの、もし陸上であれば相当の被害があったのじゃないかと思うのであります。しかし、私のは一カ所の観測地点しかございませんので、震源地の方向が全くわからないのであります。もし、関東地区で少なくとも十カ所に近い観測点がございましたならば、大体の震源地の予想はできたと思うのであります。今申しました特徴を別の角度から申しますと、海上二百キロ程度離れておりました地震でも、大地震であるならば、また観測点が多ければ、相当な確実さにおいて予想し得るということであります。他の方法ではとてもこのような期待ができないはずであります。

 この一例でもおわかりになりますように、地震予知にきわめて実用性の高いものであることを実証したと思うのであります。繰り返しますが、地震学界では、現在、地震予知は不可能であるというふうにされておりますけれども、これは一面から見ますと、伸縮計あるいは傾斜計などで土地の伸び縮み、または傾斜などの異常を記録いたしまして、それによりまして予知しようとするからであると私は思うのであります。

 その一例といたしまして、京都大学が逢坂山のトンネル内部で観測をいたしておりまする伸縮計の記録をお見せいたします。

    〔図を掲示する〕

 この赤く塗ってある部分が福井地震の前兆ではないかと地震学会で発表されております。しかしながら、この異常は、当然気温、湿度、雨量等、あるいは地殻、潮汐というような各種の変化がまじってきておりまして、むしろ、それらの方が大きな影響をする場合が多いのであります。しかし、ごらんになりますように、二つの破線で囲まれた領域といいますものは、過去十年くらいのデータによりまして求められたものでありまして、この幅をはみ出た場合だけが異常である。ということは、設置すれば直ちに前兆がわかるというものではありません。十年近い観測データによって初めてこの幅が確認されるわけであります。

 それから、もう一つは、この器械は、温度の影響その他を除去するために、トンネル内または地下百メートル、またはそれ以上であることを必要とする欠点の一つが考えられるのであります。しかし、この記録計の場合は、地表のどこに置いてもよろしい。わずかに鉄道線路から一キロ以上離れればいいというのでありますから、この制限はほとんどないということが特徴とされると思います。

 また、同じ件でありますが、気象庁付属の長野県松代にある地震観測所のトンネル内に設置されております伸縮計及び傾斜計は、約十年に近いところの観測であるにもかかわらず、相当に近い、また相当大きい地震に関しましても、全くいい例はいまだ発見されておらないということを関係者から聞き及んでおるのであります。言いかえれば、地震との関係が明快でなくとも、継続観測、言いかえれば、気象庁といたしまして業務観測を行なっておるのであります。伸縮計は、土地が伸び縮みという意味においてわかっておりましても、地震との関係は的確にわかっておらないのであります。ゆえに原理不明な場合においては、気象庁がこれを業務観測できないという根拠は全くないということを、ここに事実として確認できるものであると思っております。これは相当に重要な点であると思うのであります。それからまた、現在気象庁が各地で行なっておりますところの地電流、地磁気の観測も、現在の器械では地震以外の原因の変化量が大きくて、地震の前兆は一般的にはほとんど記録し得ないのであります。そのおもなるものは、一日を週期とする電離層の変化が大きく影響するわけであります。柿岡地磁気観測所の相当長年にわたるデータにおきましても、地震等の的確なるデータはあまりないように聞いておるのであります。かつ、現在使っておる器械は、電車線路より少なくとも十数キロ離れなければならないという困難な点もいわれております。しかしながら、この私が問題にしておりますところの高木式磁力計とも申すべきものは、市内電車線路より一キロメートル、郊外電車の線路の場合ですと、わずかに五百メートル離れれば十分に観測可能でありまして、私が今行なっておるところは、わずかに百数十メートルの距離であります。言いかえれば、枕木がその絶縁体となりまして、郊外電車の場合はきわめてわずかの量しか地面に電流が逃げないのであります。また、この磁力計は気温、湿度、雨量等に左右されることもなく、土地の振動とは全く無関係な記録を示し、地震の前兆はきわめて明確に区別できるわけであります。伸縮計の場合は、混同して記録しておる。その点、この器械は明確に区別できるという点を強調したいと思います。そして、さっき申し上げましたように、設置場所はほとんど制限がない。かつ、無定位磁力計と申しますものは、完璧なものでなくとも、現実に私が作った不完全なものでも十分にその性能を発揮しておるのであります。

 以下、特殊なる影響によるものを説明いたします。すなわち、電車線路より地面に逃げる少量の電流の影響は、この図のごとく中央の線が下または上に変化をいたすのであります。電車の停留所におきまして電流が異常に急激に流れる、そのような変化のために中央の線が変化いたします。また、これは私の実験によりましても、完全に再現をすることができるのであります。それから、倍率四十倍の水平動を記録する地震計を、磁力計より約五メートル離して、土地の振動の記録との関係も現実に調べております。

 次に、遠い地震ですが、私はここに現実に記録を持ってきております。千島の地震の場合、大きく拡大をいたしますと、初めと終わりが徐々に変化をする。ここにモデル的に書いております千島の地震の場合が、大体これに該当いたします。それから、関東地方の地震、言いかえれば、五十キロあるいは百キロ前後の近い地震でありますと、最初数十秒かかりまして振幅が増大し、そうして減少をしていきます。すなわち、初期微動継続時間に該当する間におきましては、徐々に振動は増加をしてきます。私も実験によって大体これを確かめております。言いかえれば、今まで地震学者の大半は、地震計にも記録し得ないような、かすかな土地の振動によってトタン板が振動し、その影響ではないかとの疑いを持っておったのであります。かって検討した石川業六氏も、もしもトタン板がコンクリートで固められていたら振動によるものではないだろうという観点に立つ、しかし、床に置いたままでは、絶対にそのような保証はできないから、振動であるかもしれないという疑いがある、ゆえに、私に、ぜひともそういった実験をやることを勧められた事実もあるのであります。しかしながら、地震との関係を調べれば、一目にしてこれは明らかでありまして、振動による場合は全然違うタイプの変化をいたすのであります。

 今度は、地震の場合以外の前兆につきまして簡単に申し上げておきます。前兆の場合は非常にシャープに、鋭く立ち上がりまして、以後、空気制振器と言い得るアルミ板による空気の抵抗によるために減衰していきますが、大体五、六分が普通であります。もう一つのタイプは、ゼロ・ポイントといわれておりますが、この中央線がはずれまして、二十分あるいは三十分程度保ち、また元へ戻る、こういう二つのタイプをもちまして、地震の前兆といたしまして考えておるのであります。ゆえに、区別できるという点において再検討する必要があろうと思います。地震予知が不可能とされておる現在、この磁力計がいかに重要な意義を持つものであるかということは、これでおわかりになったのではないかと思います。

 次に、磁力計の構造を簡単に申し上げておきます。この図のごとく、長さ二十五ミリ、直径が二ミリの小さな二本の磁石を上下に二十センチ離しまして、アルミ板にぶっつけてあります。そのアルミ板は幅一センチ、長さ二十五センチ、厚さ一ミリ前後であります。そうしまして約七十センチのタングステンの糸、直径は百分の三ミリ、そのような細いタングステンでつるしまして、その下二センチのところに二メートル四方のトタン板を敷きます。なぜタングステンを利用するかというと、気温が変化いたしましても、ほとんど伸び縮みがしません。その範囲内においてありません。その全体を直径八センチ、長さ一メートルのガラス円筒で密封いたしまして、空気の動揺がありましても、全く影響がないようにしてあるのであります。アルミ板の中央につけました直径一センチの小さい平面鏡によるところの反射光線を、この図のごとく回転をする円筒に巻きつけた印画紙に連続的に記録するようになっております。記録円筒は一時間に一回転をしながら横へ四ミリづつ動きます。かくのごとく、二十四本の線が一日に描かれます。ここからここまでの長さが四十三センチありますが、それが一時間に該当するのであります。ゆえに、一日に一回現像する操作をやっております。しかし、もしも光電管を利用してペン書きするならば、常時変化を観測することができるはずであります。また、各地の変化を中央の一カ所で記録するためには、特殊な電波方式をとるならば、完全にその操作ができるわけであります。

 次に、地震前の特殊な振動はなぜするのであるか、それも簡単に申し上げることができます。すなわち、地震前のこのような特殊な振動と申しますのは、私のテストによりますと、一秒から十分の一秒くらいという、非常に時間的に早い磁場変化を与えるときによってのみ、トタン板が実は弱い磁性を帯びます。そしてその磁性の影響は、近い磁石に対しては非常に強く、遠い磁石に対しては弱いのであります。もしも、この距離の比が、たとえば一対十という割合でありますと、これに対して千、これに対して一というふうに、距離の三乗に逆比例するのであります。ゆえに、もしもトタン板がなければ、この磁石は全く回転をいたしません。その理由は、同じ回転力が上下の磁石に与えられましても、磁極を逆に張りつけておりますがゆえに、回転方向が逆でありますので、相殺をするわけであります。これが実は無定位磁力計の最大の特徴の一つであります。

 テストといたしまして、この図のごとく、上下に中央を対称にトタン板を二枚置きまして、同じように短い時間の磁場変化を与えてみますと、全く振動いたしません。すなわち、上下に同じような変化が与えられるからであります。また、一枚だけ置いた場合に、コイルを徐々にトタン板から離していきますと、離せば離すほど振動は小さくなってくるのであります。ゆえに、トタン板の役割というものは、これで非常にはっきりとしたということが言えるのであります。トタン板がなければ、この器械の特徴が失われるということははっきりしております。

 次に、コイルに五十八ミリ・アンペアの弱い直流を、今申しましたように一秒から十分の一秒まで各種の短時間だけ流しまして、磁石の振動が地震の前兆と全く同じであることを確認をいたしました。五十サイクルの交流を流しますと、磁石は全く振動いたしません。この磁石の固有振動週期は二・四秒であるのが当然であるというふうに、他の専門学者ももちろん同意をしております。中央線が一定時間だけずれるという記録は、その時間だけのテストでは、一定の磁場を保てばいいのでありますが、自然現象では、おそらくその間に時間的にゆっくりと磁場変化があるのではないかと考えられます。

 次に、地震との関係が考えられるのかという問題について申しますと、以下仮説でありますが、地震の数日前から震源地の地下に、すなわち震源に大きい圧力の急激な変化を生じまして、石英の鉱物内においては電気を生じまして、それが地電流の異常なる短週期の変化となって流れまして、そのために地表にも短い週期の磁場変化となって現われるからだと思います。この現象は名古屋大学の熊沢という方の五月における地震学界の発表でも、圧電気の計算は、私の場合に非常に有利な条件が実は出ております。大きな圧力であれば五千ボルト以上の電位差が震源には生ずるのではないかということは、数学的に出ております。

 トタン板のかわりに銅板を用いた場合は――実は高木君の実験でありますが、解釈がいささか違いますので、今回発表させていただきますと、銅板を用いますと、磁石の振動は全くといっていいほどなくなるのであります。非常に少なくなる。その理由は、ここに明示をしておるのでありますが、結論はトタン板に生ずる感応磁気が主原因であると考えられます。銅板であれば感応磁気が生じないのであります。今、今後の討論の都合にと思いまして、私は右の説を宮本説というふうにかりに名づけさせていただきたいと思います。

 次に、この磁力計が地震予知に関係する器械として取り上げられている過去の経緯を述べますと、昭和十八年ごろ、通産省電気試験所の吉塚技手が、この磁力計で岩石の磁性を研究中、地震の一日ないし数日前にその性能が著しく変化することを発見し、吉塚氏からこの研究を依頼された気象庁の高木技官が継続的に、また研究的にこれを追求いたしまして確認をしたのであります。当時の中央気象台長藤原咲平博士は、この磁力計の特殊なる性能に重大な関心を寄せまして、全国五カ所、すなわち、東京、大阪、神戸、鹿児島及び三重県の尾鷲で、十九年より五年間継続観測をしたものであります。五カ所における測候所の継続観測の結果、有感覚地震の一日ないし五日くらい前には必ず異常が現われまして、この磁力計の実用性が立証されておったのであります。もし、この異常が高さ二百数十キロメートルの電離層内の磁気あらしの影響によるものであれば、五カ所同時に異常が現われるはずでありますが、そのような例は一回もなかったのであります。また、私があとで磁気あらしの時期をプロットしまして調べますと、その時期にはほとんど異常は起こっておりません。また、私の最近の観測結果でも、八月には十六日に磁気あらしが起こっております。それから九月には四日に磁気あらしが起こっておりますが、全くそれに該当する記録はないのであります。特に昭和二十一年の南海道大地震のときには、前にも織り返しましたように、震源地より約六十五キロ離れました三重県の尾鷲におきまして、この図のごとき大きな異常が生じまして、特に大地震が起こりました二十一日の前一週間におきましては、数分の休みもなく、二十四時間連続して異常が数日続き、その直前には最大の異常が見られたという事実があるのであります。同地点は、御承知のように電車などの交通機関がありませんので、平生の場合は完全なる直線を描く地点なので、原理は解明せられてなくとも、地震の前兆として解釈するのが当然の考え方であると私は思います。

 気象庁は、この磁力計の検討を昭和二十一年に気象庁付属の茨城県柿岡の地磁気観測所で行なったのであります。当時の検討をした石川業六氏の報告書を私は読みました。また、石川氏から直接数回にわたりまして聞いたところを総合しますと、残念にも、磁石の振動を早くとめるために、この図のごとく、直径三センチメートルの金属の円板を油の中につけて、そのために抵抗を作りまして振動を早くとめるというような目的を持つ部分品をつけたのであります。言いかえれば、感度が相当悪くなっている。弱い磁場変化が生じましても、これは振動できない。かつまた、実験のときには鉄板を敷いた場合もあるということを報告書から知ったのでありますが、四カ月にわたる継続観測のときには、一番大事なトタン板を敷かなかったというふうに石川氏自身から私は聞いたように覚えております。ゆえにこそ、地震前に何らの異常を示さなかったのは当然のことであると思うのであります。ゆえに、右報告書の最後には、地震との関係は全く不明であるという結論が出ているのであります。しかし、大事なことは、第三者は、むしろこの磁力計の過去の異常も、地震との関係はないのではないかというふうに拡大して解釈する傾向を生んだのであります。しかし、右の検討は全く別種の磁力計でやったことになりますから、少なくとも、過去五年間の記録もことごとく地震とは無関係であろう、そのような拡大解釈は断じて成立しないものであります。

 終戦後の人員整理と予算不足も影響しまして、私の聞いているところによれば、昭和二十四年よりこの観測は廃止されてしまいました。これはきわめて遺憾なことであったと私は思います。なぜならば、もし二十一年の当時より全国的に観測網を作っていたならば、福井地震も場合によれば予知し得て、五千人の死者も出ずに済んだかもしれないと思います。神戸における高木君の観測によりましても、相当な異常が出ております。その後、今市地震、十勝沖地震、房総沖地震と相次いで大きな地震が起こっておりますが、今申しましたように、全国的に観測網があれば、ことごとくその近い観測所においては異常を確認し得たであろうということは、火を見るよりも明らかであります。

 もう一つの根拠を申しますと、この器械は、他の磁力計に比べまして非常に値段が安いのでございます。誘導磁力計は三百万円もいたしますが、このような目的には合致しません。この磁力計は相当完全に作りましても、わずかに十数万円でできるのであります。ゆえに、百カ所あるいは数十カ所の地点の観測所は、おそらく十分可能であると私は考えます。

 私は、過去の資料から考えまして、当然地震の前兆を記録し得るとの確信を持ち、テスト及び継続観測を行ないまして、予想のごとくきわめてよい結果を得たのであります。それで、和達長官に対しまして、気象庁として再検討及び継続観測再開をすべきであると何回も強く要望したのでありますが、長官は、かつて昭和二十一年に気象庁として検討したが、地震との関係不明との結論を得たので、再び同じような結論に達するかもしれない検討及び継続観測は不可能であるとの回答を私に与えられました。ゆえに、私は、気象庁のかつての検討は全く性能の異なるものなるがゆえに、そのような考え方は成立しないと申し上げました。実は、長官もそれを十分理解なさいまして、再検討の必要をはっきり認識なさったのであります。しかし長官として、下部組織に直ちにこの再検討の指示をすることは、現段階として不適当であるといたしまして、私に対して次のような提言をされました。研究者同士の話し合いでどこかの研究機関で再検討をする、または協力をすることが最も望ましいのではないかというふうに、私に言われたように記憶しております。

 それで、まず私は、気象庁の地震研究部に相談をいたしましたが、同部長は、前からこの磁力計については十分に御認識でありまして、個人的には助言あるいは相談に乗る、しかしながら、研究部として行なうことは困難である、その理由は、地震計精度向上の仕事が当面の問題であり、人をさくわけにはいかない、また、設備もない、というような御回答でありました。ゆえに、私は、かつてこの検討をしたところの柿岡地磁気観測所の吉松所長に手紙をもって連絡したのでありますが、同所長からの手紙によりますと、地震に関しては同地磁気観測所は主体任務ではない、ゆえに地震課と相談していただきたい、というふうに、結局は拒否されたのであります。私は、もちろん、初めに広野地震課長に相談をいたしましたが、地震課も、本来の任務、言いかえれば、地震計による観測によった結果の処理に手一ぱいである、また、法規的にも研究機関ではないから、どうしても、やろうとしてもできない。もちろん私は十分了解をいたしました。広野課長は、地震研究部へ相談してはどうかとおっしゃいましたので、私も前記のごとく連絡したのでありますが、残念にも、現実的な困難から、それは実行できなかったのであります。言いかえると、少なくとも、再検討の必要を認めながらも、気象庁のいずれの機関も実行に移し得ないことは、組織上の欠陥に基づくものではないかと思います。すなわち、地震と電気または磁気の関係も徹底的に追求できるような研究機関がぜひ必要ではないか、こういうふうに痛感をしたのであります。そこで私は、東京大学地震研究所にも相談をもちかけたのでありますが、所長は、非常に好意的であったのでありますけれども、結局は協力を得られませんでした。その理由は、相談相手として推薦されましたところの研究者も、実はその人自身の研究に非常に忙殺されまして、全くそのような時間及びその他の条件は整わないというような回答でござました。そういうような状況で、私個人のささやかながらの研究が継続されて、今日に及んでいるのであります。

 次に、簡単に具体案を御紹介申し上げます。

 継続観測は全国に四十カ所くらい設ければいいのではないかと思うのであります。数カ所だけでは関係があるかもしれないし、ないかもしれない、そういうような、あいまいな結果を生む可能性が十分あると思います。

 次に、中央研究機関を設け、次の目的を持つのが適当ではないかと思う。一、各地のデータを集め、地震との関係を調べ、研究的に地震を予想する。二、器械の原理追求のために各種のテストを行なう。三、この器械の改良。四、記録装置の改善。それから、これは大事だと思いますが、五として、地震前の電気的及び磁気的現象の研究のために各種の器械での研究的観測。この一般目的を十分に持ってよろしいと思います。

 最後に、結びの言葉として、次のことをつけ加えさしていただきます。実は、私がこのような問題を国会で取り上げていただく理由の一つとしましては、すでに個人の限界にきているからであります。多数の学者はまだ資料が不足であり、あと数年間やったらどうだとおっしゃるのですが、現実問題として、断じてそれはできません。私の勤務上また経済的にも――特に経済的には今破壊状態であります。これ以上やれということは、やるなというのと同じことであります。その点を私は強く要望します。そして多数地点の観測の必要はわかっていても、個人の力によっては全く不可能なのであります。原理追求のための各種のテストも、着想はありながらも、費用の関係から全く不可能の状態にあります。実は、私の今までのテストからでも各種の新しい事実と解釈がわかり、数名の地磁気の専門学者の完全なる同意を得ているのであります。断じて独断ではないのであります。今後各種のテスト及び組織的観測を継続することにより、この磁力計の性能及び原理をより深く追求することができるのであります。とにかく、最も必要なのは多数地点での観測であり、ぜひともこの現状を理解されて、国家の機関が積極的対策を強力に実行に移されることを熱望するものであります。

 将来の大地震によって失われるかもしれない多数の人名を十分に救い得る可能性のあるこの器械を、原理不明だとか、あるいは学界が支援しないからとか、そのような過去の単なる形式論を振りかざしてこれを無視し、そして放置するようなことの絶対ないように、重ねて切望するものであります。

○村瀬委員長 次に、この器械の考案者と宮本参考人がお述べになりました高木聖参考人の御意見を伺いたいと思います。

○高木参考人 私が今御紹介いただきました高木でございます。

 今、宮本参考人から、この器械と大体の方法をお話しになりましたので、私は重複を避けまして、この方法についての歴史と、私がこれまでに研究及び調査して参りました結果について簡単にお話をしたいと思います。そういたしますと、もう少し事情がはっきりするのではないかと思います。

 昭和十八年のことでありますが、電気試験所の田無分室の吉塚技手から、当時中央気象台長でありました藤原先生のところに手紙が参りまして、無定磁力計に異常が生じますと、必ず新聞に出るような大きな地震があるので、地震の前兆だと思われるから、来てみてくれということでありました。藤原台長は、当時地震課長も代理しておられましたので、私に行ってみるように命令されたのであります。私が田無に行ってみますと、今と同じ器械でありますが、この器械のそばに二坪ほどの大きなトタン板の暗室がありました。私はすぐそれに気がつきまして、異常現象の起こるのは、このトタン板の暗室のせいだろうと考えまして、しばらく観測を続けるように頼んだのでありますが、昭和十九年になりますと、田無も戦時研究に追われるようになりまして、この観測ができなくなりました。それで、気象台に引き継いでくれということで、藤原台長の了解を得まして、これを気象台に引き継いだわけであります。田無では目視観測をしておったのでありますが、これではとうてい人手が足りないから、気象台では記録できるように改良いたしました。そういたしましたところが、先ほど宮本参考人が申されたような、ああいった特殊な現象を発見することができました。これをしばらく観測してみましたのが、この図にあるようなものであります。

    〔図を掲示する〕

 これは東京でやりましたわずか二、三カ月の結果でありますが、この×点が特殊現象の出た時間であります。当時は戦争中でありましたから、定着液がなかったりして欠測がありますが、こういう観測には欠測があるということは非常にまずいことであります。それから地震の方は黒いマルでありますが、マルが大きくなればなるほど大きな地震があるのであります。これを漠然と見ますと何でもないように見えますが、たとえば、この前兆については大地震が出る、これについてはこれというような見方をしていきますと、非常によく合うように思えるのです。それから、こういったところは長い間――十日以上になりますが、異常現象が起こっておりません。そのときは地震も長い間なかった。こういうことは珍しいことであります。これは割合に珍しいところをとらえてうまくいったと思いますが、また前兆が出だして参りますと、地震もぽつぽつ起こるようになりまして、こういう結果になり、最後に昭和十九年十二月七日の東南海道大地震が起こったのでありますが、その前兆らしいものがこれであります。これは私が観測いたしましたほんの一部でありますが、すべてがそういう状態になっておるとお考えおきいただきたいと思います。

 そこで藤原台長も非常に喜ばれまして、この地震のあと、名産の方が――東南海道大地震というのはここが震央であります。だいぶ東京とは離れております。それで名古屋に持っていって観測すれば、もう少し様子がわかるのではないかといわれまして、二十年の三月に名古屋に持って参りました。しかしながら、名古屋でも戦時中で空襲が激しく、なかなか思うように観測ができませんでした。欠測も非常に多いし、材料としても役に立たなかったのでありますが、それから日本がだんだん負けてきまして、いよいよ本土決戦という作戦をとらなければならなくなって参りましたものですから、気象台もその方向に機構改革をいたしまして、私はとうとう大阪に転勤しなければならなくなったのであります。ところが、大阪に行ってもこれをなお続けてやるように当時の台長から申されまして、そこで、二十年の九月にやっと――戦争が終わったあとなんでありますが、この装置を一台備えることができました。そこでも、やはり同じような、先ほどごらんに入れたような結果が出て参りました。しかしながら、地震の予報で一番重要なことは、三つの要素をきめなければならぬということなんです。起こるべき時間、その位置、大きさ、これは大体のところでいいわけなんでありますが、これだけわからぬことは予報の価値をなさない。そこで、この器械でそういうことを何とかして出したいものだと思いまして、それには、どうしても大阪、東京二カ所だけの観測では出そうにありませんでしたので――ちょうどそのとき、今の気象庁長官和達先生が満州から引き揚げてこられまして総務部長をしておられました。そして大阪に御出張になりましたものですから、私は相談に参りましたところが、まあ、五カ所ぐらいやってみたらいいだろうということになりまして、ここに赤まるをつけてありますような工合に作ったのであります。東京と、名古屋は尾鷲に持って参りました。それから大阪に二カ所作りました。それから鹿児島、これはあとで桜島が噴火したものですから、藤原台長がそこに持っていけということで設置したのであります。これも火山の爆発と非常によく合う。同じ前兆が出るのでありますが、よく合うのです。そういうことがわかったりいたしたのでありますが、そうして様子を見ておったわけなんです。ところがその間に、先ほど宮本参考人が申しましたその地震にぶつかりました。二十一年の十二月二十一日、それはここが震央であります。このときは、今の前兆現象とは少し様子の変わった前兆が現われまして、実は困っておったのでありますけれども、よくあとで調べてみますと、尾鷲と大阪がとらえまして、あとはとらえていなかった、そういう結果が出ておったのであります。しかしながら、こういう結果は出ましたけれども、この器械がそれではどういう物理量をとらえておるものであるかということが私たちわからないことには、この仕事を勇気を持って推し進めることにいかなかったものでありますから、これを何とか究明をしたいと思いまして、この施設を進めると同時に、いろいろな実験を行ないました。それについて詳しく申し上げても退屈だと思いますから、その結果だけを申し上げますが、トタン板を使わなければこの前兆現象は出ないという非常に特殊性があること、これは非常に大きな特殊性であります。そういうことがはっきりとわかってきました。それから、このトタン板を地電流から絶縁をしてやりましたところが、やはりこの前兆が出て参ります。そこで、これは地電流そのものではなさそうだという観念が私の頭の中に起こったわけであります。

 それから次に、今度は地磁気との関係を見たいと思いまして、実はこの装置をすっぽりトタン板の円筒の中に包み込みまして観測をしてみました。もちろん、前の方に金網を張りまして――光を当てなければなりませんから、ほんとうの絶縁にはなっておりませんが、そういたしましても、この現象が出てくるのであります。こうなりますと、地電流及び地磁気の知識ではどうにも手が出ないことになりました。地磁気及び地電流といって観測しておるものの中には、こういったものは出てなかったわけであります。そこで、私は、結局この器械は物理量としては何を観測しておるかはわからないけれども、地震との関係は非常によく合うように思うという結論を出しました。二十四年に気象庁の大幅の人員整理がありまして、人手がなくなりましたのと同時に、学術会議の中の地震予知委員会が廃止になりまして、そこから出ていた資金が出なくなった。こういった人手もなし、金もなしという状態になりまして、その上に、私としては五年間一人で観測を継続してきたものでありますから、いささか疲れてきておったわけなんです。それで、私としては手一ぱいのことをやったから、この辺でもうやめさせてもらいたいと思いまして、このあとのところは私でなしに、ほかの人がやるべき部分だと私は確信をして、そのように和達長官に手紙を出しまして、勝手にやめてしまったわけなんであります。現在までのいきさつ及び研究調査の結果を、あらましこれでお話ししたつもりであります。

○村瀬委員長 次に、本調査研究打ち切りの動幾となったといわれておりまする石川業六参考人に意見を伺います。

○石川参考人 ただいま御紹介をいただきました気象研究所地球電磁気研究部研究官の石川であります。私は、現在地震の関係の仕事をやっておりませんので、この委員会の参考人として適当だとは思わないのでありますけれども、今から約十三年前に同様の観測をやりまして、その結果が、ただいま前のお二人の方が発表されましたように、気象庁として観測を中止する原因になった、そういう理由から、多分私が参考人に召喚されたのだと思います。私のやりましたことは、何しろ十三年くらい前の話ですから、詳しい数量的なことについて多少あいまいなところもあるかもしれませんけれども、できるだけ記憶をたどりまして、意見を申し上げたいと思います。

 その当時、私は茨城県の地磁気観測所、柿岡というところにございますが、そこで地磁気の研究をやっておりました今道所長がそのときおられまして、当時すでに高木さんが観測をやっておりました地震の予知のための無定位磁力計観測というものが興味ある問題であるから、一つお前やってみろという指示を受けまして、たしか昭和二十一年の二月ごろからだったと思いますが、四カ月ばかり観測してみたわけです。それで、それに用いました器械は二種類ございまして、先ほどから宮本さんがおっしゃっておられますように、現在宮本さんや、昔高木さんがやられたものとは全く違うものだと申されておりますが、実際は二種類のうちの第一のものは、ほとんど同じもので観測したわけです。それから第二番目のものは、もう少し器械自体の研究をするために大きなものを作りまして、これはサイズからいいましても違うものでございます。第一番目のものは、ほとんど同じなんですけれども、どこが違うかと申しますと、先ほど宮本さんがおっしゃいましたように、制振器をつけてある点、それからトタン板というものを敷かなかった点、この二点が違う点でございます。まず、そのトタン板の方から申し上げますと、その当時、私の考えとしては、トタン板というものは電磁気的な現象に本質的に関係するものだとは考えませんでしたので、トタン板のかわりに鉄板を使いました。ところが、どこが違うかと申し上げますと、薄い軟鉄板の方に亜鉛が引いてあるかないかの違いでありまして、その亜鉛の引いてない鉄板を使ったのであります。それから、次に制振器の問題ですが、これは、私がやっておりますときには、何かもう少し量的なものを出したいということから、制振器をつけたわけです。そこの図にもございますように、オイル・ダンパーでございますが、それをつけて、たしか数秒の間に制振する程度の精度を持った制振器を取りつけたまま二、三カ月観測を続けてみたのでございます。その観測結果では――ここには気象記録というようなものは一切焼失しまして持っておりませんけれども、結論的に申し上げますと、別に特異な現象を観測できたわけではございませんでした。大体の振れ方というのは、普通の一本だけ磁石をつった磁力計の記録とそう大差のないものが出て参りました。それで、四カ月ばかりしまして私は地磁気観測所をやめましたもので、それ以来中止になったのでございます。それで、先ほどから高木さん及び宮本さんが言っておられることに多少水をさすようなことになるかもわかりませんけれども、これをやっている間私が感じたことは、一体無定位磁力計が何を観測しているかという点について、非常な疑問を持ったわけでございます。純然たる電磁学の問題としてこれを見ますと、器械的に問題がなければ、これは高感度であって、しかも、短週期の電磁気の現象を観測する一種の磁力計にすぎないものであろうと今でも考えております。そのほかに、もし何か観測できるものがあるとすれば、今度は地震計として器械的なゆれを観測するという可能性はございます。それ以外に何か観測できるかということを考えますと、これは現在の電磁学の常識としましては、それ以上のものを観測する何らの理由も私には考えつかないのでございます。これは私だけではなくて、電磁学者はだれでも、おそらくそう思うだろうと思います。

 いろいろこまかいこともございますが、たとえば、先ほど高木さんがおっしゃったように、電離層の擾乱の場合には全然無定位磁力計は何も生じないのだ、だから、何か電流が流れてきた場合にきわめて特有な記象をする。ということは、器械的なゆれ以外のものだとしますと、ちょっと説明がつきにくいのじゃないかと思います。かりに、そういう下のトタン板に何か電流が流れて、それを感度がいいために記録したことがあるとしますれば、やはり同じような誘導磁力計とか、短週期の磁力計というものはほかに現在各所で観測しておりますが、そういうものにも出てしかるべきだと私は考えます。

 それから、電離層の擾乱であるとか、地磁気の擾乱とかいうものを分離いたしまして、この無定位磁力計だけが特有なものを分離する能力があるかということを電磁学的に考えてみますと、その能力はちょっと考えつかない。普通柿岡あたりで使っておりますところの磁力計が確かに週期が長いものですから、制振器がついて、多少摩擦があって感度が悪い。そういう意味からいたしまして、きわめて短週期な、しかもその記録を見ますと、これはおそらく、かなり長い時間、そういう原因の磁場変化があるのじゃなくて、パルスとして入ってくるような変化を瞬間的に受けて、あとは自然に空気の制動で必要な形の記象が随所に現われております。しかし、それにしても、ゼロ線が移動しましてもとに戻るということは、電磁学的にはちょっと解釈がつかないわけです。そういうものがあるとするならば、もっと感度の悪いものでも観測できるはずです。これは何といたしましても、器械としてのヒステリシスとか何かが残っていて、そういう記象を残すのだというふうに考えられるわけです。

 いろいろこまかい点を申しますと、現在常識的にわかっている電磁学の方から見て、この器械が何を観測しているかという点に非常な疑問を持つわけです。しかも、そこに出てきたものの量的な数字とかいうものがあいまいでありますために、量的にこれに取り組むことができない状態にあると私は考えます。それはそれでけっこうなんですが、もし、かりに磁力計で観測したものが非常な精度でもって地震の前兆現象であるというような客観的な結果が出るものでございますれば、それはそれでいいと思う。ところが、そのことにつきましても、確かに奇妙な記録がある。それから四、五日たちまして地震が起こると当事者の方は言っておられましても、それが一般的な人が見て、客観的にだれでもが受け入れられるようなほど、はっきりした前兆現象であるかどうかという点につきましての検討がされておらないわけであります。これは、ぜひ精密な統計にでもかけて、だれがどうやっても、これは前兆であるという結果が出ない限りは、その現象そのものについてもっと深くやって見ようという意欲が、門外漢であります私には起きなかったわけです。極端な例を申しますと、よく御存じのことと思いますけれども、地震のやはり前兆現象としての椋平にじというものがございます。あの人が観測しますと、何かにじのようなものが見える、それは確実に見えるのだという主張をされても、それをほかの人が見て、客観的にだれでもが見えるものでない限りは、やはりそれは神秘的なものでありまして、科学者としてはあまり飛びつけないものだと思うのです。この現象がそれほどあいまいなものだとは私は思いませんが、とにかく、私の感じとしては、地震の前兆の現象であるということについて納得がいかない。

 大体、反対の意見のようなものが強く出過ぎたこともございますけれども、全般的に見まして――だからといって、地震の予知に関する研究というものは大事なものでございますから、これを絶対にだめだという、否定的な反証というようなものは上がっていないわけでございますが、そういう点、やはり研究を続ける、つまり、業務的なものじゃなくて、研究段階としてもっと詳しくやってもいいんじゃないかとは思うのです。ただし、この器械だけに限らず、地震予知という全般の問題に関しまして、いろいろな角度から、はっきりしたものを使って、別種の器械を使うなりなんなりして、全部総合されたような地震予知に対してやっていくことは必要だと考えております。

 私の意見はこれで終わります。

○村瀬委員長 次に、東京大学理学部教授松沢武雄参考人の御意見を伺います。

○松沢参考人 私、松沢でございます。私は、地震の研究に携わっておるものでありまして、地震の予知というものができれば大へんいいと思っているものであります。

 ここに取り上げられております問題は、まず、地電気及びそれに非常に密接に関係を持った地磁気、そういうものが地震の前兆として取り上げられておるわけであります。私は、実際過去二、三十年の間そういったいろいろな種類の研究なり、観測なりを見ておりますけれども、たとえば、地震なら地震の発生なり、火山の噴火なり、そういうものと関係があるということが非常にはっきり、ほとんど疑いなきまでに確かめられている例も二、三あります。しかし、そのほかの場合でありますと、何だかもやもやとしておって前兆であったようでもあり、また、非常に公平な立場からながめますと判断がつきにくい、そういう例は非常にたくさんあったわけであります。この場合のあれに限ってみますと、ただいま石川さんから御説明がありました通り、いろいろ私自身にもまだ納得のいかぬところがあるわけです。たとえば、地震の前兆と称するあの震動のありさましばらく振動しておって、またもとに戻る、そういうようなことは、何か器械的の事柄、すなわち、地震現象とは関係のない器械的の事柄であるように思われるわけです。ですから、そのように磁気関係の現象、すなわち、磁気と地震の発生、この現象というものは、現在のところ、正直に申しますと、ややあいまいな点が非常に多いわけです。これをとことんまで調べ上げておくということは、地震の予知の問題、あるいは地震学の問題といった方がよろしいかもしれませんが、その問題としては非常に大切なことだと思うのであります。しかし、まだ、今申しましたように、この器械それ自体も私ちょっと納得のいかないところがあります。それから、あそこに出ておりますあのような地震の発生と、この器械で観測されたこのような現象との関係というようなものにいたしましても、たとえば、どの変化がどの地震に対応するかというようなことがはっきりいたしませんと、むろん、これは予報にはならぬわけですから、あれから見まして、どのゆれがどの地震に対応するのかというようなことまで言うのは、この段階では、まだむずかしいのじゃないかと思う次第です。要するに、今まで申しましたように、磁気の変化と地震の発生というものは、正直に申しますと、現在あまりはっきり究明されておらないといった方がよろしいのだろうと思います。ですから、その点は、むろん非常にはっきりさせる必要があると思うのであります。しかし、これを予報の業務にかけるというようなことになりますと、ちょっと現在のところではむずかしいのだろうと思うのです。それは、今申しましたように、どの変化がどの地震に対応するというようなことはちょっと確言できません。少なくとも、私にはできないステージにあると思うのです。

 簡単でございますけれども、私の意見はそれくらいであります。

○村瀬委員長 以上をもって参考人の御意見の陳述は終わりました。

    ―――――――――――――

○村瀬委員長 質疑の通告がございますが、この際、政府側の出席者を念のために申し上げておきます。

 科学技術庁横山科学技術政務次官、同じく原田官房長、同じく黒沢資源局長、気象庁和達長官、広野地震課長、気象研究所井上地震研究部長、石井地球電磁気研究部長、大蔵省谷川主計官、運輸省向井会計課長、以上の方々であります。

 西村英君。

○西村(英)委員 参考人のお話を承りましたが、いずれも非常に学問上の問題でありまして、私たちなかなかわかりにくいのでありますが、まず松沢先生にお伺いいたしたいと思うのは、先生は、地震の方を専門にやられておる方で、軽々しく断定はいたしかねるような立場にあろうと思いますが、こういうことは、実験上からと理論上からと二つからくるものであろうと思います。そこで、高木式の磁力計でやっておられる宮本さんの御意見は、私拝聴いたしましても、主として長い間の実験上からきておるように思います。それについて理論上の裏づけがどういう工合にできるかということでございましょうが、松沢先生のお話を聞きましても、あの宮本さんの実験は地震の前兆は示しておるけれども、どの震動がどの地震の前兆かわからぬ、こういうふうな御意見であったと思います。宮本さんのあの実験ですが、ああいうふうな変動が起こるのは、やはり地震の前兆による変動であるかどうか、はっきりわからなくても、あるいは偶然なものかどうか、あるいは他の原因に基づくものであるかどうか、その点は一体どうでございますか。

○松沢参考人 それは先ほど申し上げました通り、そういう点にかなりあいまいな点――あいまいと申しますのは一般に申しましてで、このことじゃないのですけれども、一般にあいまいな点がございますから、その点を非常にはっきり突きとめることは大へん大切なことだと思うのであります。

○西村(英)委員 そのあいまいだというのは、地震以外にも、偶然なことからあの変動が起こっておると、こういう意味でございますか。

○松沢参考人 それはこの問題にいたしましても、あいまいと申しますのは、ちょっと言葉の使い分けがまずいかもしれませんけれども、学問的に申しますと、非常にはっきり原理がわかっておらないと申した方がよろしいでしょう。

○西村(英)委員 宮本さんにお伺いしますが、今のお話でも、主としてあなたは長い間実験をやって、こういうデータが出た。それでお話もありましたが、この振動と地震との関係いかん、これについては相当学界でも裏づけがあるようなお話もありましたし、そこの理論上の問題につきまして、あるいはあなたでなしに、学界の研究、あるいはあなたが相当な理論上の裏づけを持っておられるかどうか、その辺をちょっとお伺いいたします。

○宮本参考人 ただいまの御質問に対しまして、実はきょう持っておりますところのデータで相当お答えができると思います。実は、私の独断に走ってはならないというつもりで、ここにございますが、海上保安庁水路部測量課補佐官歌代慎吉氏はこういう方面の専門家でございます。全部読むのはやめますが、私の最初申しましたアイデアがほとんど確実である、言いかえれば、地震学者では言い得ないような確信をもちましてアイデアを承認されております。

 実は、一つ重要な点をそれにつけ加えます。それは小さい文字で書いてありましたので、私さっき言いそびれてしまったのですが、石川さんに特に聞いていただきたいと思うのです。石川さんのさっき言われた磁気あらしをなぜ記録しないかという疑問を私も持っておりました。そのことを私は歌代氏に聞いてみましたところ、完璧に答えていただき、私は、その場ですぐ赤鉛筆で書いたのですが、磁気あらしの時間的変化、言いかえれば、最大の急激な磁場変化でも二十秒以下の週期のものはない。二十秒以下の短い時間的変化というものは磁気あらしのときには断じてない。繰り返して申しますが、実験で確かめておりますように、二十秒以上の磁場変化を与えた場合には、いかに強烈な磁場変化を与えても、これはぴりっとも動きません。言いかえますれば、一秒以下でないと、そのトタン板にそういった感応磁気は生じないのであります。何らの疑う余地はありません。

 それから、もう一つ。トタン板であることに対して非常に神秘的な説をなす人がたくさんおるのであります。石川さんも、厚みを表現せずに、単に鉄板とおっしゃいましたが、厚みに関しては実は疑点を持っております。厚みが厚いのか薄いのか、これは問題でありまして、私の実験も大体〇・三ミリであります。いわゆる厚さが数倍にもなりますと導磁率とか、物理的な性質が違うのでありまして、ごく短い磁場変化に対して特に敏感であるかどうか疑問になってくる。鉄板と申しましても、厚さが厚くなってきますと違ってきます。ゆえに、今後の精密な実験を行なうには、トタン板というよりは、〇・三ミリの鉄板と言う方が物理的に正しいのではないかと、実は私は思っておるのであります。

 今の御質問に対する答えをまとめますと、学問的裏づけは、私があったというのではなくして、歌代慎吉という、この方面については最高権威の一人かもしれませんが、その方が、さっき申し上げたアイデアは否定することはできない、そうして磁気あらしを記録する必要はないと言われた。この点だけを強調しておきます。

○西村(英)委員 よくわかりました。しかし、両先生とも、それぞれの考え方があろうと思いますから、ここでそれ以上突っ込んだお話をしても仕方がないと思われます。そこで、気象庁長官にお伺いしたいのですが、まあ、第三者といいますか、あるいは長官は地震専門であるかどうか知りませんから、その辺は……。

 この委員会に出された宮本さんのあれを読みましても想像がつくのですが、一体、一つの目的のことを研究されるにいたしましても、電気学者がやる場合と、機械学者がやる場合と、やはり進み方が違うと思う。そこで、宮本さんは地震の電磁場における変化を見てやる。一方、従来の地震学者は、地震計によってやるのだというふうに、進み方が違う。従来の地震学者は、どうしても電磁場の方の電磁気学からは入りたくないという先入主がある。こういうふうに宮本さんの方をとっておりはせぬかしらん。それを科学者としての長官はどう思われますか。各行き方が違っておるために、他方の行き方を受け入れぬ、そういうようなこと、これをはっきり言えないかもしれませんが、長官としてではなくして、科学者としてどう思われますか、ちょっとお伺いしたい。

○和達政府委員 冒頭に、この委員会が地震予知という問題を取り上げて、その重要性をお認め下さったことを非常にありがたく思うのであります。また、宮本さんの熱意ある研究にも敬意を払うものであります。

 ただいま西村先生から、科学者としてと言っていただきましたが、私、自分では地震学者のつもりでございます。それですから、ここで気象庁の責任者であると同時に、地震学者として両方の立場から言わせていただきます。

 地震予知という問題は、わが国にとって非常に重要な問題でありまして、あらゆる地震学者がこれを理想として一生懸命に努力しておる問題でありまして、気象庁でも、もし地震予知が少しでも進めば、これに協力、また実施にいささかもやぶさかなものではなく、進んで参りたいと思います。

 地震予知のことを少し申さしていただきますが、地震予知の現在やられておる方法は、一つは、地殻の変動、つまり、地震が起こる前に地面が動く、あるいは押される、あるいは縮む、そういう方面からくる問題。一つは、そういうときに割れるとか、動揺を起こす、そのために、詳しくこまかい地震まではかって、どういうふうに地震の活動が行なわれているかというような問題。もう一つは、地震の波動を調べてその波動の伝わり方で、伝わる途中の土地がどういう物理的作用を受けているかという問題。また、次には、地球磁気というものが、先ほどから問題になっておるように、地面の中でいろいろあれだけの変動が起これば、熱的にも、あるいは力学的にも地上の変化を起こすだろう、そういう問題。また、何らかの変化が急激に出れば、急激な電流も地殻内に伝わってよかろう、こういう問題。こういうことから、あるいは傾斜の変化だとか、あるいは土地の移動をはかる、上がり下がりをはかる、あるいはその伸縮をはかる、こういうように力学的な方面から、また電流をはかる、地球磁気の変動をはかる。これはあらゆる地震学者があらゆる方向をもって努力しておる現段階で、宮本さんの言われたのは、この地磁気と地電流とどちらか、ちょっと分離しがたいところはありますけれども、そういう一つの方向であります。ですから、結論といたしまして、この研究は非常に優秀である、これをもう少しこういう方向に推し進めて、研究観測を進めて、もう少し確かめることが必要であるというような学界全体の意向でもあり、また、われわれがそれを納得するならば、われわれが相当研究観測に取り入れ、それがまた有効ならば、業務に取り入れることも当然考えることであり、結論として、私は、今日の段階の宮本さんのは、非常に熱心に研究され、また、なかなかおもしろいことをやっておられますが、まだ研究段階であると私は思います。宮本さんがもう少し研究を続けられまして、学界にも、われわれにも、もう少し納得されますれば、われわれも、またこの研究観測をいたす用意があるのであります。そうして研究観測を完了しまして、今度はほんとうの業務観測にしたいと私どもは思っておる次第で、宮本さんが、ずいぶん研究のやりにくいところでここまで熱意をもってやられたことには敬意を表するのであります。われわれとしても、宮本さんのような熱心な研究家がそういう研究を行ない得るように尽力いたしたいと思っております。

○西村(英)委員 相当前に、昭和十九年に気象台としてはこれを取り入れて、四カ年にわたって四カ所か五カ所で実験をやった。おそらくその記録もあるはずだと思いますが、それから判断しまして、これをやめたのは、戦争中でもあって、いろいろ原因があったと思いますけれども、少なくとも、残されたデータから判断しまして、やはりこれが地震の予知になるかどうかというようなことについて、どういう御感想を持っていますか。

○和達政府委員 これも一つ見込みある、あるいはやってみる価値のある研究で、もう少し進めたらよかろうと私は思っております。しかし、先ほども言いましたように、あらゆる方面から地震学者はいろいろ考えてやっております。それが、みなそれぞれの特徴と見込みを持っておりますから、それらをみんな勘案しまして、どれを優先し、どれを並行にやるということは、学界と私どもの方で技術的にもう少し研究させていただきたいと思います。

○西村(英)委員 地震学会は、地震の予測は不可能である、こう言っておる。その不可能の意味はいろいろあると思いますが、今の段階でいかなる方法をとるかは別として、一体、地震の予報というものはできないものでありましょうか。たとえば、台風の予報、天気予報にいたしましても、気象台が初めてやったときには、必ずしも確率は一〇〇%のものではなかった。相当悪い確率だった。おそらく、当時始めたばかりの天気予報は、気象台の言う反対のことを考えれば、大体当たったくらいです。だんだんと熟練をして、そうして今のりっぱな確率になっておるんです。予報させるということになれば、官庁に責任ができます。責任ができると、責任をのがれたいのは当然でございますので、そういう意味において、この地震の予報ができないのであるか、あるいは、てんで根拠のないものを気象庁としては予報はできないというのでありましょうか。一体、いずれの気持なんですか。私は少々当たらない点があっても、これは天気予報の初めのことを考えればいいんじゃないかと思うのですが、その辺はどうですか。

○和達政府委員 地震予知に関しましては、従来、学者もずいぶんいろいろ可能性も述べておりますし、新聞などにおいては、もはや完成するとか、さらに発見されたというようなことも出ました。しかし、そういうふうに学者が考えておる可能性あるいは前兆というものと、世人がそれを受けたときの、もうできるという観念に非常な差があって、その間、正しく科学的の意図が世間に認識されるということは非常に困難であります。特に地震の予知のような場合は、もし、これができたとしましても、どういうふうにそれが予報されて、どうやって人は逃げるのか、何をするのかということは非常に重大なことであります。ですから、私どもは、場所がどこで、どのくらいの強さで、いつ起こるかということが相当確実にならなければ、予報ができたとは言えない。つまり、地震予知というのは、相当確実なもので、単なる予想をわれわれは言っているのではない。いわゆる天気予報を出すくらいの正確度の予報というものは不可能だ。これは一般の世論の誤解をおそれてそう言っている次第で、学問的には、見込みがあればこそ、これだけ多くの学者が献身的に努力しておるわけであります。

○西村(英)委員 学者の納得のいくような予報というものは、相当の確率が高いところまでいかなければ、学者はなかなか承知しないのですが、そうでなしに、当たるか当たらぬかわからぬという予報も困りますけれども、逃げることは予報を受けた方が考えればいいのであって、あなたの方で考えてもらわなくていいんですから、今、一体どのくらいな確率があるか、これははなはだむずかしいことですが、やはり、多少根拠があれば、そういうことも気象庁としてはそろそろ考えてもいい時期に達したのではないかと思うのです。その辺は、ここで御返答もできないかと思いますが、一つよく考えていただきたいと思います。

 それから、宮本さんのお話にもありましたが、地震の研究をするには個人ではやりにくい、役所の方に聞いてみると、役所の地震課というものは地震が起こってからのことをいろいろ調べるので、――地震の前のことも調べているでしょうが、業務としてはやっていない、組織上の欠陥がある、こう言っております。今度は台風につきましても研究所を作ろう、あるいは高潮についても相当調べなければならぬ、こういうふうな災害に対する抜本的といいますか、相当に力を入れなければならぬというときでございますから、組織上欠陥があるということになれば、これは三十五年度予算等に気象庁としては考えていただかなければならぬと思いますけれども、相当高木氏の磁力計についても認めておられるようですが、今後相当な個所にこういう器械を設置して、予報をやるような気がまえでおられますか。あるいはまた、地震の観測その他について、気象庁としては組織、人員、予算、その他の点について、どういうようなお考えを持って臨まんといたしておりますか、その辺をお聞かせ願いたいと思います。

○和達政府委員 気象庁の地震の観測について、画期的に改善、整備、強化したいというので、昨年から計画をいたしておりまして、本年も予算を出しております。これは業務でございまして、研究の方は、研究所でもって地震研究所の予算を取る、これは津波警報のための震源を早く知る方法とか、その他、地震予知にも関連をしておる地震学上の問題で、いろいろな問題があります。それから経常的に研究をする予算もあります。しかし、まだ来年度宮本さんの今の研究を全国的に、あるいは相当の個所で研究観測をやろうという計画はございません。と申しますのは、私どもがそういう手を広げなくても、もう少しこの研究を続けていただいた方がいいんじゃないかと思う次第だからであります。それで問題は、研究者が研究をこういうときにする方法にあるのであります。宮本さんがよき研究仲間を持たれまして、地震研究所でも、大学でも、あるいは気象庁の研究所でも、あるいは他の大学でも、どこでもありますけれども、御自身の研究所が不完全である、あるいは十分なる資材も得られないのならば、そういうところへいかれて、また研究費というものも方々に出ておることでありますから、そういうのをとるようにわれわれも尽力して、やっていただく、そういう今の研究組織へまず入られてやられる道もあるのであります。もちろん、これを気象庁としていろいろまた検討しまして、重要でありますれば、特別に気象庁で考えるということもいたすわけであります。これは、もう少し私どもに検討さしていただきたいと思います。

○西村(英)委員 宮本さんのお話を聞きますと、研究は続けていきたいけれども、金も要ることだし、個人的能力はない、今の段階は個人的能力を越えておるから、国家でこの問題を取り上げてもらいたいという。そこで、あなたがこの磁力計について多少効果を認めるならば、国家が取り上げるということは、気象庁が取り上げてやるよりしようがない。全然だめなものだというなら、別です。研究すべきものだ、しかし、それは個人の研究にまかせればいいと言われるが、個人は趣味で研究する場合もありましょうし、宮本さん以外に研究しておる人もあるかもしれませんが、しかし、そういうような重要なことでしたら、国家が取り上げてこれを研究する、また、国家が取り上げるといえば、地震のことですから気象庁で取り上げるより方法がないと思います。この点どうですか。これを取り上げてやるというつもりはないですか。あるいは、やるについての隘路があれば、その隘路は当委員会としても打開しなければならぬと思っておりますが、その辺どうですか。

○和達政府委員 仰せのように、あらゆる学者が有用な研究をした場合に、それは責任官庁であるところの私どもで十分にお世話し、それが発達するように努力しなければならないことはよく承知しております。この件に関して、今まで宮本さんが非常に苦労されたのは、やはり各研究者のところに余裕がなくて、場所を与えたり、一緒に研究したりする便をお与えすることができなかったことにあると思います。われわれも、研究方面に少しずつの予算もとり、施設も充実して、そして、そういう他から来られる人をそこへ受け入れて、そこで十分研究がでるようにしたいという希望を持って、そういう点は今努力しております。現在でも、やろうと思えば、ずいぶん手狭でも、そこでできるだけなすったらどうですかと言うこともできるわけであります。ですから、一般の研究というものの振興は、これは科学技術庁でもずいぶんお考え下すって、今後画期的によくなるのじゃないかと大いに期待しておるわけでありまして、その暁には、当然でありますけれども、そうならなくても、われわれとしてもできることはいたしたいと思っております。ただ、地震予知は地震学会三百人の一番の眼目でございまして、みなそれぞれ研究しておるときであります。そういう中におきまして、やはり大ぜいの学者の納得のいく方向において、できるだけ援助していきたいと思っておる次第であります。

○平野委員 関連して。今の西村委員の質問に関連して、少しお尋ねしたいのですが、その前に、松沢先生にお尋ねいたします。

 日本は科学的におくれておりますが、地震学については世界最高であるということになりますと、もちろん、外国の例も参考にすべきではありましょうが、日本が最も進んでおるという今のお話の点において、最も権威があるというふうに理解してよろしゅうございましょうか。

○松沢参考人 地震学にもいろいろな方面がございますけれども、地震の発生というような問題になりますと、外国にはあまり地震がございませんから、従って、発生の問題については、やはり日本が一番よく調べているのだと思います。

○平野委員 対策の方は……。

○松沢参考人 対策と申しますか、予知としてどういう方法をとるかということでございますと、それはやっていると思います。たとえば、地盤の変化とか、あるいは伸び縮みの問題とか、現に宮本さんの研究もそれに属するわけでありますけれども、そういうふうな予知というものは、これは今、和達長官も言われておりますように、地震学者としては一生懸命やっている問題でございます。

○平野委員 そこで、宮本さんにちょっとお尋ねしたいのですが、あなたのお話によりますと、今のこの器械を四十カ所ほど全国に設置すれば、非常に高い確率の予知が得られる。もし、そうだとしますと、一個十数万円程度のものであって、それを四十個くらいなら、器械としては五、六百万くらい、それに対して人員配置その他にしても、わずかのことでできる、こういうことになるわけですが、あなたの御希望通り、この器械を四十数カ所に設置して、そして必要な人員を配備した場合において、あなたの確信としては大体予知ができる。予知といいましても、今一番重要な点は、場所とその程度と時間、この三つの条件が必要なわけですけれども、その三つの条件を、あなたの御意見の通りやれば、どの程度までやれるという御確信がありますか。

○宮本参考人 ただいまのお話についてお答えいたします。

 その前に、こういうお話の方がおわかりやすいのじゃないかと思います。それは、私の主張はあとから申し上げることにして、松沢教授は次のように仰せられたはずであります。

    〔図を示す〕

 すなわち、これらの十月以降には、特に大きい顕著地震以外にも、やや小さい地震も幾つかある。その場合には、どれとどれが対応するのかということがわからないということをおっしゃったので、それを私は最初にちょっと説明いたします。

 今回の席上では、松沢教授ははっきりと仰せにならないのでありますが、非常に重大な提案を私はずいぶん前に聞いたのであります。その記録を見ましても、観測点があと数カ所あるならば、どの異常はどれに対応するのかわかるのではないかということなんです。私もそれは前から考えておりました。一カ所なるがゆえに、十七日のあの長い異常が小区域のものか、あるいは二十六日の地震の前兆なのかわからない。もし、少なくとも関東地方にあと六地点でもあればよろしい。そういたしますと、たとえば、水戸地域の地震であれば、水戸観測所の異常が大きくなる。あるいは箱根方面ならば、そういった地方のものが大きくなる。あるいは前橋方面ならば内陸地方、海岸地方なら海岸地方全体の異常が大きくなって、内陸地域の異常は小さくなるはずですが、一カ所では、方向性は残念ながらわかりません。磁石の振動の大小によって大体の見当だけはつくが、松沢教授の言うように、一カ所だけではだめなんです。関東地方だけについて言いましても、あと十カ所、少なくとも数カ所あればよろしい。

 そこで、全国的に四十カ所ほど設けたときにおける確信について申し上げますと、私自身いろいろな立場からこれを見ていてはっきり言えますことは、終わってからならば、たとえば、あの図で見ましても、二十三日異常がある、あるいは九月の五日、六日、七日異常がある、これは明らかに顕著地震の前兆であろうということは気がつきます。しかしながら、起こる前だと、異常が続いても、大きいのか小さいのかわからない。ところが四十カ所設けたならば、確信を申し上げますと、少なくとも、今回程度の地震あるいはもっと大きな地震であるならば、確実に予知できるということであります。どうしてかと申しますと、私が一番最初に申し上げたことを御記憶願いたいですが、連続的異常です。たとえば、南海道大地震程度ですと、約一週間前に連続的の異常がある。普通のぽつりぽつりの変化ではなく、もう数分の休みもなく連続的な異常が四、五日以上、あるいは一週間以上続いたときには、もう大破壊的な地震がわかるわけです。ゆえに、われわれの目的としましては、さっき申しました通り、率直に言いまして、私は地震学科から出ておらず、地理科学から出ておりますので、地震学者の欠点をつくことはできるが、すべての小さい地震まで予知できない限りにおいては、観測業務には入れないとおっしゃるけれども、これは科学を否定するものです。もっと大切なことは、一番緊急な目的に合うならば、実用範囲において利用するということであります。すなわち、超大型の地震ならば、この器械が四十カ所あれば確信を持って予知し得ます。言いかえれば、小さい地震ならば、百個あっても、そのうち二十個しか当たらないかもしれません。しかし、超大型の地震ならば、少なくとも、福井地震程度以上のものであるならば、一〇〇%確実に異常が出ると思います。ただ、はっきり申しますと、四十カ所ではまだ完全ではないのでありまして、測候所が全国に二百十カ所ありますか、少なくとも二百カ所くらい設けるならば、ほとんど一〇〇%予知できると思います。今の質問にもう一度答えますが、少なくとも四十カ所程度あれば、ほとんど確実に予知できるとお答えができると思います。

○平野委員 気象庁長官にお尋ねかたがた申し上げたいと思いますが、今の宮本さんのお話は重大な発言だと思うのです。もし、それが真実なりとするならば、一体、政府は何をしているのかといわざるを得ないということになると思います。全国二百カ所にこの十万程度の器械を設置することは、予算的にいえば微々たるものです。もし、それだけやれば、少なくとも大地震については一〇〇%に予知できるということを確信を持って言っておられる。そういうことならば、私は、それを勇気を持ってやるべきではないかと思う。どうも気象庁の方々は学者であって、学者というものは、いい点もあるが、一面悪い点も、失礼だが、あると思いますことは、非常に学問的に確信を得なければ踏み切れない。その点は慎重であることはいい点でありますが、一面、それは短所にもなると思うのであります。関東大震災というものは、実は藤原気象台長が一年前に予報しておられる。私は、かつてそれを聞いて驚いたのでありますが、藤原博士は地震学の雑誌に、一年以内に関東地方に大震災が起こるであろうということをちゃんと書いておられる。それを、地震が起こってから、私は予言した、予言したというようなことを宣伝せられた。一般では、あとになってそんなことを言ってもらっても何にもならないじゃないかというようなことがありましたが、やはり、一応学者としては予想ができた。しかしながら、確信を持ってそれを言い得なかったから業務ということには至らなかった。今日確信がないから、やはり予報ということをせられないんだと思う。その点は、一面はいいことではあるが、政治的に考えれば、私は、それはとらないところだと思います。ということは、今も西村委員が言われたように、天気予報といえども、最近はかなり当たるようになってきたが、昔は宝くじ程度のものであった。やはり、最初は相当不確実なものであっても、どんどんやるべきではないか。ことに地震なんかは、これは当たらぬ方がありがたいのであって、十回のうち一回当たってもみんなが助かるんだ。そういうことを予言すれば社会的に非常な大騒動が起こって、それが当たらなかったら気象台が頭をかくということを心配しておられますが、それは言い方であって、学問的には何月何日の何時にこの程度の地震が起こるという予想ができる、しかし、これは確信を持って言えるごとではないから、もし、心配な人は手配しろ、こういうふうにやっておけば、万一当たらぬ場合であっても、別に気象台を恨むとかなんとかいうことはない。確信があるんだと言えば、当たらなければ、何を言ってやがんだということになるが、学問的な確信の範囲内において正直に言っておる、当たらなければけっこうだが、当たったらこういうおそれがあるから、しかるべく準備をしろということならば、私は八卦見なんかと違って、科学的な根拠があるんだから、それよりはましなん

 ですから、かまわない、どんどんやったらどうか。いわんや、わずかな金でもって、宮本さんによれば一〇〇%自信があるんだということならば、私は思い切って踏み切ってやっていくということが、政治家としての判断からすれば、そうあるべきじゃないか。それを学者でありますから、どうしても真に学問的な確信に到達しなければやり得ないという点ももっともだとは思いますが、それでは、やはり政府としては怠慢のそしりを免れないのじゃないかというふうに思います。私は、これは別途議論すべきでありますが、きょうは非常にいいことを承りましたので、私どもとしては、これは委員長にも申し上げますが、当委員会として十分協議をいたしまして、それほどの確信のある方法ありとすれば、よしんば、それがうそであったとしても、金額としてはしれたことなんですから、断じてこれを政府としてやらしめるような措置を講じていただきたい、こういうふうに思いますので、私の意見を述べて、あわせて気象台長として御意見があれば承って、私の質問を終わります。

○和達政府委員 いろいろ御親切に仰せいただいて、まことにありがとうございました。私も、そういうような御趣旨に従って、今後仕事をしていきたいと思っております。ただ、私は二重人格で、今、地震学会の委員長をしております。学会の一人が研究に熱心なのはいいが、一〇〇%そういうことができるというのは、学界でもやはり問題があることだと思います。これは一〇〇%が八〇%でも、六〇%でも、その点は問題はないかもしれませんが、とにかく、学問というものは、私はあくまでも正確に、あくまでも謙虚であるべきだと信じておる。この点につきましては、学会において十分私どももやりますし、また、気象庁が、ただ学問に名をかりて憶病になったり、あるいはやるべきことをやらないということはいたしたくないと思います。地震につきましても、非常に予算の苦しいときでございますので、どうぞ先生方の御助力を得たいと思います。

○村瀬委員長 原茂君。

○原(茂)委員 私が御質問申し上げても、質問する方がしろうとでございますから、いずれの先生も、一つごまかさない範囲で、簡単に、わかりやすくお答えをいただきたいと思います。

 その前に、非常に残念だと思うのは、今いろいろなお話を聞いておりまして、できたら運輸大臣にここにいていただいた方がよかったのではないか。今平野さんからもお話ありましたように、これは、別途運輸大臣の出席のもとに考究する問題が多分出てくると思うのです。

○村瀬委員長 運輸省の官房長は見えております。

○原(茂)委員 官房長ではきっとお答えができないだろうと思うのですが、その点、後日また必要があれば運輸大臣にお尋ねしたいと思います。

 最初に、和達さんにお伺いしたいのですが、高木式の磁力計といいますか、この問題は、実は藤原咲平先生がまだ仕事をしておられるうちに研究が始まったようです。何か数年のうちに――二十四年ごろに予算その他の都合でやめたとか、二十一年ごろにやめたとか、よくわかりませんが、そういう言っておられるのです。その間の事情は、さっきの石川さんのお話ですと、もうここらでやめようと思って、石川さんもおやめになったらしいし、説明をされました高木さんも、二十四年ごろに、もう自分のやる分は終わったというので、和達さんに手紙を出したままで勝手にやめちゃったのだ、こうおっしゃっております。多分、それが間違いないようには聞きましたが、そうであるとすると、少なくとも藤原長官がかって気象庁の仕事としてやろうと発意されて、そのことがとにかく何年の間か続けられてきたわけなのですが、それを一技官なり一研究者が、もうおれのやる分は終わったのだ、やめるのだと言ったから、そのまま何年かはやめられてしまったというのは、私は役所の仕事というのは知りませんが、そんな簡単にいくものじゃないと思う。やはり、前に一度長官などから委嘱を受けて技官が研究をやる、研究のあるけじめがきたときに、もうやめるのだと考えたときには、単に手紙を長官に出したままでやめられるものではなくて、その手紙でやめようと言ってきたことを妥当と判断をしたのか、あるいは、まだやりたいと考えたのだが、予算その他の関係でやむを得ないからやめてよろしいというふうに許可をされたのか、当時のやめるという手紙は和達長官に行ったらしいですから、まず第一に、和達さんからその間の事情をお伺いしたいと思います。

○和達政府委員 まことに申しわけありませんが、確かな記憶は持っておりませんので、今の感覚でお答えさしていただきます。当時は、気象研究所もなく、気象庁は研究の役所でもあり、また、業務官庁でもあるというような形態であったのであります。藤原前台長が高木技官に、こういうことはどうだと言われたのは、業務の命令とも言えますけれども、私は、むしろ、この研究をやったらどうだ、それをやるについて、各測候所などに観測を依頼するなら、自分はそれを手配するからという、研究観測であると思った。そういう場合には、研究者がある程度やりまして、そして、一度やめて、調べて、また再びやるならやる、やめるならやめるというときには、研究者が申し出れば、大ていその通りになるのでございます。私は、その当時はそうだったと記憶しております。

○原(茂)委員 そうすると、高木さんに藤原さんが頼んだといいますか、依頼したのは、高木個人に依頼をしたのか。気象庁の研究課なり研究部門として、その一部の仕事として、そこに勤める高木技官にこれをやれと言ったのじゃないのだ、こういうふうな解釈になるのと同じですか。

○和達政府委員 個人ではありません。研究所というものは示唆を与えますけれども、研究者がこうだと言えば、もちろん、その上の管理者が、さらにこういうふうにもう一回やれと言うときもありますし、そうかといって、それでやめるときもありますが、おそらく研究者がある程度研究しまして、その報告をして、そうかと言ってやめたと思います。

○原(茂)委員 今もそんなことをやっているのだとすると、これは重大な問題ですけれども、少なくとも、この場合には、皆さんにしても先輩だと思うのですが、藤原先生が、やってみたらどうかという一つの価値を認められたわけです。そのテーマを与えられたものを、ただ一人、高木なり、あるいは石川なりという個人の方が、研究の途中で、もうこれで打ち切ろうと考えたら、そのまま打ち切られてしまって今日に至るというようなことが、これからも行なわれるとすると、私は重大な問題だと思うのです。やはり、仕事には一つの系統があって、下部に多少どんな形ででも下達されていけば、上の方の指示によって、あるいは許可によってそれをやめさせるという形は当然とらなければいけないと私は思うので、記憶にないとすればやむを得ませんが、その点は、今後のためには、そういうことのないようにすべきじゃないかという意見を私は申し上げておきます。

 次にお伺いしたいのは、先ほどからの御説明の中で、業務観測と研究観測というような言葉が出てきたわけです。現在、気象庁の中に、たとえば、地震に関する業務観測と研究観測とを担当する別の分野が截然と分かれておありになるのですか。

○和達政府委員 業務観測はきちんとしておりまして、研究観測で、準業務観測のように、大体業務にだんだんしていこうというのもあります。それから、ある程度の成果を得るまでこれを観測していくというものもございます。そういう、ある程度だけのものはしっかりしておりますが、長年やっておるものは、必ずしも、その間に明確な一線を引きにくいものも多少ありますが、大体観念上は分けられておると思います。

○原(茂)委員 そうすると、現在、どっちにしても、地震の研究というものをどういう部門かでやっておられる。先ほど、地震の学者が三百名くらいおられて、何とか学会を作ってやっているのだとおっしゃったのですが、現在研究しているその研究というものは、その地震学会なりに関連があるかないかは別として、三百数十名の学者が、これはどうだと言って研究されたようなもの、あるいは提案されたものを中心にしておやりになっておるのですか。そういうことで研究しているものが何件かありますか。

○和達政府委員 ここでこまかくは申し上げませんが、先ほども申し上げましたように、地面の変動から出るもの、地震活動から出るもの、電磁気から出るもの、その他ございます。そういうふうに大分けにしまして、それぞれの領域におきまして、また部分的に非常にたくさんの研究がございます。

○原(茂)委員 要するに、今気象庁の研究部門で取り上げている研究の課題にはいろいろなものがあると思うのですが、幾つかある中に、三百数十名かの学者や、こういう人たちが考えたこと、あるいは個人なり、グループで研究してきたことを気象庁が取り上げて現在研究しているものがあるか、こういう質問をしたわけなのですが、その点はどうですか。

○和達政府委員 現在いたしております土地の傾斜あるいは伸縮の研究は、そういう学界におけるいろいろな今までの成果からやっておるのであります。

○原(茂)委員 その傾斜とか伸縮といったような地震のための研究は、当初気象庁が取り入れられるときには――きょうここで宮本さんや高木さんからだいぶ説明を聞きました。しろうとですからわかりませんが、これらと比較して、地震を予知するとか、あるいは観測するとかいう点からいって、これに人をつけ、予算を加えてやるに値するというほど、現在の次元でこれを論ずるよりも、もっと的確に、地震との関連においては、間違いなくといいますか、非常に確率の高いものだという、何かそういうような実際上の、その当時の状態と今と比較して一体どうなのか、しろうとにわかりやすく一つ説明して下さい。

○和達政府委員 先ほどから参考人の方がおっしゃるように、この宮本さんの研究は、結果は別として、どうして地震がこういう現象を起こすかということが一つ、また、そういう現象をこの器械はどうやって正確につかまえていくかという、二つの疑問がある。これに比べまして、土地の傾斜とか伸縮とかいうのは、地殻内部で何らかの力ができたというようなときには、土地には弾性的な性質がありますから、それが伝わって、土地が上がったり下がったり、あるいは傾斜したり縮んだりすることがある。そういうように、器械の結果がわかっております。ですから、それをはかりますれば、それがたとい地震予知にそれほどの効果がなくても、これは基礎として、積み上げていく科学的資料なのであります。ところが、どういう原理で、どうかわからないものを長年やりまして、もしこれが関係ないときには、科学的資料としてそれは非常に価値の薄いものにあとでなるのであります。そのために、こういうものを取り上げるときに、どういう科学的原理でできておるか、それを突き詰めてから大がかりな観測に入れたいというのが、私どもの趣旨であります。

○原(茂)委員 その伸縮とか傾斜とかいうのを、今論じているような地震の予知という点――観測という言葉で言うと、うっかりすると、地震の起きたとき、それを中心にして考えやすい。それは伸縮が起きる、何が起きるということがあるかもしれない、あるいは傾斜が起きるかもしれない。しかし、少なくとも、私たちがきょうここで論じておるのは、地震の観測といっても、予知に関する観測を考えている。あとで、また必要があればデータを、しろうとにわかりやすいように出していただいて検討したいと思うのですが、地震の観測の中で、その当時取り上げた伸縮と傾斜というものが、この予知できると宮本さんの言われるようなものと比べたときに、もっと確実な、地震の予知というものに近かったのだということがはっきり立証できるわけですか。

○和達政府委員 私、観測と申し上げましたのは、二十四時間ぶっ続けの観測でありますから、これは予知にも、また、起こってからにも使われる。それから傾斜、伸縮は、もちろん、前にそういう事件が起こりますれば、これが磁気学的に先ぶれになるか、力学的に先に出るか、これはおそらく、同時に両方出るべきものと考えます。そういうように、電磁気学というのは一番むずかしいのです。これを判断して、どっちと言われましても、大ざっぱなあれはできますけれども、これも学問的に非常に論がありまして、私ここで、これの方が上だとか、下だとかいうことはちょっと申し上げかねますが、少なくとも、原理がわかっているということにおいて、今の力学的の方が強みがある。ところが、電磁気学の方はむずかしいのであります。ですから、むずかしいからほうっておいていいとは、私は決して言わない。これも十分に研究してやらなければいけないのであるけれども、いたずらにわけのわからぬことをするのを避けて、しっかりわかったところで、それは進めるべきだと思います。

○原(茂)委員 それとの比較が学問的にむずかしいから、しろうとの私に説明ができないかもしれませんが、どうも、ちょっと言えないとおっしゃる。ただ、これの特徴は、当時研究部門が正式に研究のテーマとしてお取り上げになるときに、二十四時間という短い時間を切っての予知も含まれているんだという説明があったのですが、この場合には、ある場合には二週間、ある場合には三週間なり、もっと短いときもあるでしょうが、とにかく、二十四時間以上前に予知をするという新しい考え方も、これには一つ入っているわけです。ですから、私は、これはこれなりの特徴もあると思うのです。要するに、私の言いたいことは、当時、伸縮なり傾斜というものを取り上げるときですら、やはりこういった次元で考えたときに、これが予知に関して業務観測として取り上げるに値しないほど、まだいろいろな不安定な要素を持っている、不明確な点があるんだというのと同じようなものが――やはり、どの場所でどういうふうに伸縮が起き、傾斜が起きたら、どの地点でいつごろ、どのくらいの振幅のものが起きるんだということを、これと同じように考えていこうとするなら、当時伸縮であろうが、傾斜であろうが、それを調べたときですら、今と同じように疑問点がだいぶあったと思うのです。私は、なければおかしい、必ずあったと思う。それがきわだって大きく、これとはここと、ここが違うんだということは出てこないのじゃないか。そうであるとするなら、今日気象庁の研究部門が現在持っておるテーマを、学者なり、なんなりの研究を取り上げたという過去があるなら、これも、地磁気に関する勉強というものはむずかしいんだ、電磁気は非常にむずかしいものだ、しかも、電磁気を中心にたくさんの学者が今研究しているんで、一高木式あるいは宮本先生の研究だけを今取り上げるということは、なにか不公平な感もあるし、どうもちょっとそれを取り上げる勇気に今は乏しい、こういったところがほんとうの気持じゃないかと私は思うのです。

 それは一つの問題としておいて、二つ目にお伺いしたいのは、現在、和達さんも地震学者で、大家でございますが、三百数十名の学者、先生方が研究した中で、どちらにも片寄らないでお聞きになれば、今、宮本先生の説明になったこの方法が、このデータだけを見ても、これはあながち地震と関係がないという否定は私はできないと思う。これは多分地震と関係がないんだ、こう言い切ることは松沢先生もおやりにならなかった。だから、あなたもおできにならない。従って、では、これは完全に地震との関係があるんだ、こういう立証もできない。そういうふうなものが現在の地震学界における姿だと思うのです。現実に何百人おられようと、何千人いようと、とにかく予知できないというか、これは非常にむずかしいんだというのが現状だろうと思う。これはその一つだと思います。しかし、そういったいろいろわからないファクターを持っているそういう学者の研究の中で、公平に見て、一体これとほかのものを比べて、これに似かよった――違った方法でやってきてもけっこうですが、似かよった観測の仕方、あるいはこれと全然反対の観測の仕方、機械的のみにたよる観測の仕方というようなもの等々、いろいろあるでしょうが、それと比較した中で、どうも理論的にはいろいろなことがあるけれども、これが今、宮本先生の説明のように、もし一〇〇のうち三五%くらい、まあ、まあ感ずるんだとすれば、ほかの、今、地震学界においておやりになっている研究の中に、まあ、まあ三五%くらいは聞いても当たるような気がするというようなものが現在あるのでしょうか、ないのでしょうか。この点を一つお伺いしたい。

○和達政府委員 まことにおっしゃる通りで、私もおっしゃる通りに思いまして、そのようにやりたいと思っております

 それで、地震予知の現状としましては、今の地震学者は、大体第一番は地形変動を確かめたい。これは直接的でもありますし、今まで地震の前とあととに二度測定しましても、前から変化をして、地震があると、また変わる。それをもとにして――これはずいぶんたくさんの研究もして、資料でもって大体わかっておる。外国もその方向で相当やっておる。これは全国的にその測量をやる、あるいは場合によれば、試験的ならば、ある地方に限ってでもいいから、再三繰り返していくということは、地震学者の非常な熱望でありまして、費用が幾らかかるだろうとか、いろいろ考えて、よっぽどそれを地震学界から国家的にお願いしようということも考えましたけれども、数億という勘定をしまして、とてもわれわれこれでまだできるか、できぬかもわからないのにというので、しり込みしたのが、昔地震予知委員会というのがあったときの状況で、私、そのとき委員長をしておりましたが、もっと勇気を持ってやるべきであるということも、私も十分考えますし、また、御激励のお言葉もいただきましたから、そういう点についても、もう少し今後学界あるいは測地学審議会というものなどもございますが、そういうところで勧告することもございますし、そういうところでもっとやりたいとは思っております。

 これに移りますけれども、これは先ほど言いましたように、ちょっと間接的と言うと、なんですけれども、電磁気を使っておりますので、つかまえ方が非常にむずかしいが、うまくつかまえれば利器であります。ですから、学者はみなこれを相当考えてやろうとしておりますが、なかなか理屈が十分わからないのと、つかまえ方がむずかしいので、いわば二の次に置かれておるような感もございます。おっしゃられれば、なるほどやり方が困難であろうとも、この方面も十分にやるべきであるということは私も考えますので、今後、私ども関係しております学会あるいは科学技術の方面、また、気象庁におきましても、地震予知に対する電磁気学的方法ということについてはもう一ぺん力を入れてやってみたいと思っております。

○原(茂)委員 こういった種の研究の成果というものは、これは食い物も同じですが、食べてみたい、それで食べてみたが、どうもうまくなかった、とにかく毒もない、栄養もとれたというので、これを食い物にしようというので、食い物もできたのです。研究も、やはり学者のいろいろな研究なり、学説を積み上げて、実際には勘といいますか、先に理論的な裏づけが全部できないうちに、実験がたくさんできて、やってみたらこれはいい、そうなって、あとから立証しているものがずいぶんあるのです。どんな研究でもある。これもそういう種類のものだと思うし、これからそうでなければならぬと思う。今の和達さんのお言葉を伺いましても、はっきり否定もできないし、重要な研究の一つではあるということだけは言えると思う。その意味では宮本先生に敬意を表するわけですが、非常に御苦労さまだと思います。こういった研究を、先ほど、当分今すぐ気象庁では正式に取り上げようとは考えられない、だけれども、あなたが研究家の方と一緒にでもやってみたら、あるいは研究所なり大学の研究室に依頼してやってみたらどうかというのですが、実際は、宮本さんはすでに力尽きておる。自分がどっかに背負っていくだけでもおそらく、足代たけでも大へんだと思うし、お仕事の関係からなかなかそれもできない。それで、さっきのお言葉の含みですが、やはり研究には値するから、その研究は、気象庁のこの種の研究部門へとにかく話に来なさい、そうすれば、気象庁として正式に今取り上げるんだといって、上から下に命令を出したり、何か研究をせよということを予算をつけたり、正式に担当者をきめてやるようなことはしないけれども、宮本さんが持ち込んでこられるなら、研究部門においては協力をさせてやる、そういうような含みをさっきおっしゃったのですか、それとも、そういうこともできないが、お前の勝手の力で、とにかくできるだけもう少しやってみろ、こういう突っ放した意味か、その含みを一つ。それから、もし、そういったような研究をするのに、ここにも官房長その他おられるそうですが、新たにこの研究部門において、それでもこれを正式に研究課題として取り上げていくのだということになれば、ただ宮本さんが来て、一緒にやろうといったときだけ手伝わせるわけにもいかないから、担当者を一人とか二人とかきめなければならぬ、その人数は最小限度どのくらいか知りませんが、そして研究しようということになったとすると、この研究には、予算は一体どれくらい必要なのか。電力計といいますか、磁力計というものが十数万円だといいますけれども、現在は十数万円でできるかどうか知りません。あるいはもっとかかるかもしれません。そういったものを含めて、人件費なども加えて、最小限度どのくらいか。この研究を気象庁として研究の一部に取り入れていく――かって藤原先生の意向で始めたものを何となくやめてしまったのだけれども、藤原先生の意向に対しても、これはかくかくの理由でだめなんだという答えがはっきり出るまでやってみようじゃないか。いやしくも前長官の遺志なんだから、その遺志を、もう一度今の和達長官の手で取り上げてみて、だめならだめだという一つのけじめをつけるという意味からも、故人に対する敬意を表しながら研究をするんだということにきめた場合に、その費用というものは最小限度どのくらいかかりそうなのか。概略でいいです。

○和達政府委員 ただいまの最初の部分は、私突っ放すという意思は毛頭ございません。しかし、研究というものは、研究者がそれぞれの確信と目的を持ってやっておるのでございまして、研究所でいろいろ共同研究なんかする場合には、研究者の意向も相当尊重しなくちゃなりません。私がそう思いましても、ここではっきりと、研究所でどうするということは、一応研究者にも相談をして、研究者の賛成を得たいと思ったから、申し上げなかったのであります。

 それから費用でありますけれども、これは規模次第でありまして、宮本さんが今なさっておる費用というのは、失礼ですけれども、非常に少ないんじゃないかと思うのであります。それに比べれば相当の費用を持って――研究所というものは研究のための経営費を持っておりますので、格別の費用をいただかぬでも、これが有効であるかどうかということをきめるために原理を確かめる、あるいはスタートを切ることはできると思います。これが有効であり、さらに拡大をするという場合には、これが何千万のけたになりますか、これはもう少し研究さしていただきたいということを申し上げておるのであります。

○原(茂)委員 原田官房長おいでになっているそうですから、これに関連してお伺いしておきたい。少なくとも、科学技術庁そのものは、今次災害に関連して、この委員会にも台風科学対策小委員会等を設置して、科学技術庁として、科学の面からする災害防止、災害対策等を考究していくんだということをはっきりきめてスタートしているわけですが、そういう点から言うと、災害の中の王者とでもいうべき地震でございますから、当然この地震というものを取り上げて、今までより以上の強い大きな意欲をこれに注いでいく、そういう必要が出てくるだろうと思いますし、そのために、気象庁におけるこの種の研究部門に今までより以上に予算が必要だということになってきたときには、その予算を科学技術庁としては十分にあっせんをしてやって、大蔵省との間に折衝を行なうお気持があるか、また、今の段階では、地震に対する研究が現在説明されたような範囲で停滞していると考えられるのか、科学技術庁としては、もう少し地震に対する研究を突っ込んでここで思い切ってやってみる気持があるのかないのかという二点を、ここで聞かせていただきたいと思います。

○原田(久)政府委員 まず、前者の方についてでございますが、前者と申しますのは、気象庁その他におきまして地辰の予知に関する研究を推進する場合に、科学技術庁としては、予算その他の角度からどういうような感覚でこれを持っていくかという点につきましては、当庁におきましては、科学技術に関する関係行政機関の事務の相互調整をやる職務を持っております。毎年各気象台が作成いたします予算案につきましてもそれぞれ調整をいたしまして、その意見を大蔵当局にも提出して、その反映を期しております。従いまして、本件の問題が、気象庁当局において十分御検討の上、今後取り上げていかなければならぬ問題であるというような線が出て参りまして、予算の調整その他の立場になりましたならば、本日の当委員会の御趣旨の線にも沿うように調整して参りたいと思っております。

 それから、第二の問題でございますが、今後、こういった問題については、関係方面とも十分検討いたしまして、さらに進めるべき手があるということであれば、そういう点につきましても手を打って参りたいというふうに考えております。

○原(茂)委員 科学技術庁長官がおられないので、原田さんにお伺いしておるのですが、私が二つ目に聞いたポイントは、きょう、今までここでお聞きになっていたと思うのです。そのお聞きになった上で、地震の観測が不可能なのか、あるいはできそうなのか、どっちでもないような、とにかく何か興味をお持ちになった。原田さんも私もしろうとだけれども、初めて非常に興味を持った。これは今までも地震学者が研究していたそうですから、それを和達さんからいろいろお伺いしたのですが、新聞などにもいろいろ出ておるけれども、予知は不可能だ、予測することは無理だ、ということで逃げているのかどうか知りませんが、そう言っておるのに、とにかく、勇敢に宮本さんが、ここで、この装置を二百ヵ所か、二百十カ所とも言われましたが、やれば、福井の地震以上の大きな地震なら一〇〇%やってみせると言っておるのです。こう言っても、学者の立場からいうと、それでは学理的には一体どうなのかということになると、いろいろ問題がある。しかし、しろうとの私が聞いておると、何か希望が持てるような気がする。宮本先生以外のだれかの研究も、よく聞くと希望が持てるものがあるかもしれぬ。しかし、幸か不幸か、新聞等に今まで出るものを見ていると、予知はむずかしいんだ、できないんだと言っておる。宮本さんは一〇〇%やってみせると言っておられる。私は非常に希望を持ったわけです。何かできるんじゃないかという感じを、しろうとなりに持っておる。原田さんもお聞きになっていて、多少とも興味をそそられたのではないかと思うのですが、科学技術庁の立場では、先ほども冒頭に言ったように、災害対策に関しては特に力を入れ、災害の科学的な調査と予防の点に科学的な力が何か利用できないものかといったようなところで取り上げて、正式に考えられることになっている。そこで、そういった災害の中では地震なども大きな災害の一つですから、こういう地震に関して、科学技術庁としては、希望が持てたらやろうというのではなく、気象庁から要求があればでなくて、思い切って科学技術庁独自の立場で、それぞれきょうのような問題を検討されて、逆に気象庁に、これをもう少し突っ込んで研究したらよかろうというサゼスチョンをする、あるいは真剣な努力をするという意欲があるかどうか、そういうふうにやっていただけるかどうかということをお聞きしたい。

○原田(久)政府委員 科学技術庁といたしましては、地震予知の問題については、従来から資源調査会というのがございまして、そこで地震に対するいろいろな観測の仕方について報告を出しております。従いまして、そういう角度からも関心を持っております。特に、今回御説明のありましたような新しい予知の方式が、はたして将来に向かって地震の有効な予知方式であるかどうかという点につきましては、ただいま伺いましたいろいろな御意見なり、資料なりを参考にいたしまして、関係方面等にも出ていただきまして、この問題は――本日大臣がお見えになりませんので、私が推察して、大臣の意思を体したつもりで申し上げる次第でございますが、おそらく、大臣もこういった問題については強い関心を持たれると思います。従いまして、ただいまの御趣旨に沿うような方向で検討を進めて参りたいと考えております。

○原(茂)委員 松沢先生に一点お伺いしたいですが、結局この観測のやり方は十分納得のできない節はあるのだけれども、地震を予知するという点からいうと一つの重要な手がかりだ、こういう方法をやはり真剣に研究題目として取り組んでいくべきだ、これは決してむだじゃないんだ、こういうふうにお考えになられますかどうか。先ほど、何か今のゆれと地震との関係が明瞭じゃない、これに対して宮本先生からも、松沢先生が言われた過去の言葉を引用されたのかどうか、数カ所に同じような観測器があって観測していたらなあというお言葉があった。しろうとの私でも、一カ所だけの観測ではちょっと疑問を持ちたいので、何カ所かやはりやりたいと思う。従って、今第一段にお伺いいたしましたように、地震の観測、予知という面では、これは一つの手がかりになるし、非常に重要な研究だ、こういうようにお考えになるかどうかという点が一点と、それから、もし、そういう重要な観測であるということになったときに、実際にこれを研究するために観測をしようというときには、一カ所とか二カ所でなくて、数十カ所か、ないし数百カ所にこういうものを設置して観測しないと、はっきりしたデータが出ないだろう、こういうふうに言えるものかどうか、この二点をお伺いしたい。

○松沢参考人 私の考えを申しますと、これは先ほども申しましたけれども、電磁気現象と、それから地震の発生、この問題は、過去三十年ぐらいの間非常に議論の多い問題でありまして、非常に関係のあったように見える場合もありますし、そうでなかった場合もあります。これは前にも申しました。しかし、今非常に確かであるという結果の出ている場合も、二つか三つはあげることができます。しかし、そのほかの場合でありますと、あまり確信は持てない。そういうわけでありまして、電磁気と申しましても、主として磁気と地震の関係でございますけれども、これもそういう一つの場合に当たっていると、私はちょっと考えておるのであります。これも、つまり非常にあれでありますから、とことんまでこれを突き詰めておく必要はむろんあると思うのです。

 それから、今の何カ所やったらよろしいかということは、これは土地の特性の問題がございますから、あらかじめ、こことここということをはっきり申すことは、私にはできないと思います。ただ、やってみて非常にうまくいくところと、そうでないところがある。これは地震のような現象ではしょっちゅうあることでございますから、これも予想はなかなかむずかしいと思うのです。ですから、何百カ所置いたらよろしいか、あるいは数カ所でよろしいか、そういうふうなことは、現在はっきり申し上げるだけの知識を私は持っていない次第です。ともかく、これに限らず、電磁気の現象と地震との関係というのは、この際とことんまで調べておくということは大切なことだと思います。

○原(茂)委員 宮本先生に一点お伺いしたいのですが、先ほど石川さんから御説明があった中で、しろうとの私は、どうもいやな言葉を使ったなとびんと思った。学者はそういう言葉を使うのかもしれませんが、宮本さんのやっておられることは、何を研究しておられるのかわからない、こういう言葉をお使いになった。宮本さんの御説明でも、私たちも、きょうは地震の予備観測といいますか、そういうものの研究をしているんだという前提で話を聞いたし、それからまた、御質問もしているわけです。ところが、学者仲間のそういう言葉かどうか知りませんけれども、とにかく、何を研究しているんだかわからないという。十三年前の気持でしょうけれども、お考えになっのでしょう。そこで、これは重要だと思うので、私はそれを聞きっぱなしで、今まで学者の和達先生や何かが言っていることを総合してみると、何を研究しているんだかわからないということはないと思うのです。宮本先生からも、これを確かに地震の予知のための研究なんだ、その理由はかくかくの点にあるということを、最初に言われたことと同じになるかもしれませんが、簡単に、一つお答え願いたい。かくかくの研究をやっている、これは地震の予知の観測をやっているのだ、こういうふうな御答弁をお願いいたします。

 それから、これは宮本さんには関係がないのですが、時間が切迫しておりますから、もう一点お伺いしておきたいのです。これは宮本先生でなく、広野さんですか、いつかの新聞に、もうすでに私どもの方ではこれは結論が出ているのだ、つまり、地震予知のための努力は必要であるけれども、あの装置による継続観測がどれだけの意義を持つか疑わしい、ということで、疑わしいという結論が出ている。疑わしいということと、もう私どもの方では結論が出ているということとは違うのではないかと思いますが、その点、新聞に出ていることがあやまちかどうか知りませんが、とにかく、広野課長さん談として、村瀬委員長の談の次に出ておりますので、あの研究に対する結論が出ているというならば、その結論とは一体何かということをお答え願いたい。それが、疑わしいという言葉がからんでおりますから、疑わしいということがほんとうなんで、結論が出ているということは言い過ぎであって、間違いであるというならば別ですが、もし結論が出ているならば、その結論をお聞かせいただいて、その結論に私は再質問をしないから、宮本先生からその結論に対する感想をお伺いして終わりたい、こう思うわけであります。

○宮本参考人 では、御質問の趣旨に沿って、まず、お答えをいたします。つまり、石川さんが、何を観測しているかわからないとおっしゃったことに対する私の感想を由しますと、石川さんの研究の論文を私は見ましたが、非常に限られた試験だけしかやっておらないから、私の研究の意義、内容が十分把握されていないと思います。結論を最初に申しますと、これは当然地震の前の前兆を研究しておるのでありまして、それは一目してわかるように、南海道地震の前にだけ非常に顕著な異常があり、それ以後にはとたんに完全になくなっているということであります。これは日本歴史上最大の一つとさえ言われている大地震でありまして、その限りにおいては、この資料を見ましては、地震の前兆以外のものを研究しているということは成り立たないのであります。すなわち、石川さんのおっしゃっておられることは、私の資料の解釈及び材料の検討が不十分であるから、ただ部分的にどういう現象を直接につかんでおるのかわからないということだけであって、目的は石川さんよく御存じであります。地震の前兆、言いかえれば、電磁気学的な現象を研究している最短コースといいますか、和達長官がずいぶん前からおっしゃっているようなことは、実に学界の定説であります。しかし、私がここにあえてつけ加えて言いたいことは、和達長官及び広野課長さん方は毎日のお仕事に非常に忙しいために、速達で出しましたが、お出かけいただけなかったのでありますが、十一月二十四日の地震研究所の談和会で、所長さんの特別の御好意によりまして特に三十分ほど発言さしていただきまして、磁力計の効能、というよりは過去の事実を述べまして、河角教授を初め二、三の教授たちが非常に大きな関心を持ちまして、ぜひトタンあるいは鉄板で全部囲んで、磁気を遮断した研究をしたらどうかとか、あるいは、そのほかいろいろな二、三の要求というか、ぜひこういうテストをしろというようなことで、学界の情勢は一変しております。もう少し言葉を励まして言わしていただきますれば、和達長官のおっしゃっておられる学会と称するものは地震学会をさしていらっしゃるのであります。実は、残念にもわれわれの発表が不十分であったということが最大の原因で、申しわけないのでありますが、非常に理解しておらなかったのであります。再三再四申し上げますが、歌代とか、あるいは坪川とか、地球地磁気方面の最高権威の人たちが私のアイデアを認め、これはぜひとも観測しなければいけないのだ。つまり、専門家といいましても、地震の専門家ではだめなんであります。地磁気の専門家が、ぜひとも多数観測試験をなすべきであると言っておるのであります。ゆえに、地震関係者は謙虚に、長官といえども、これらの地磁気専門の学者のお考えを直ちにいれられて、私個人は、もう経済的に破壊状態になっておりますから、とてもできないのであります。ゆえに、協力するという形はだめでありまして、もっと積極的にいいますと、そういった機関――いかなる小規模な研究室でもよろしい、いかに一人でもよろしいですから、国家的な組織に基づいて、最少限度三カ所でも四カ所でもいい、とにかく、組織観測を始めねばならないと思います。長官として、はっきり再検討は必要だしとおっしゃり、かつ、文書にもされております。再検討は必要だと言いながら、個人がやるのはけっこうだ、これは国民の利益を無視してしまって、単に言いのがれをしておると思うんです。私は、これ以上声を励ましたくありませんが、国民の利益を守るという意思を持っておるならば、はっきり申しますが、ある個人に対して、この検討は必ずなすべきである、かつての検討が誤りであったということは、部会的にはなすべき研究をしておらなかった、この事実は、長官は率直に認められるのが当然であると強く主張ます。

○広野説明員 私、気象庁の地震課長の広野でございます。先ほど御質問のございました新聞記事につきましては、いつでしたか、たしか、この前の委員会が予定されております前の日に、中部日本から電話がございまして、あした委員会に呼ばれるようだけれども、どういう用で呼ばれるかと聞かれたわけです。私は電話で、何で呼ばれるかわからぬ、今こちらからお聞きしたいくらいだ、というふうに答えたわけでありまして、あと、何かさっきおっしゃっていました、結論がもう気象庁では出ている、これに対して云云という言葉は、私は申した記憶はございません。おそらく、記者が書かれたのだろうと思うんです。そういう意味で、私、話があまり上手じゃございませんので誤解されました点を深くおわびいたします。

 それから、宮本さんのことについて、この機会に一言申したいと思います。先ほど天気予報というものは当たるか当たらぬかわからぬ、昔はその逆を言えば当たった時代もある、そういうふうなお話がございましたが、たとい、そういう時代でありましても、天気予報をやるという方法には、たとえば、天気は西から東へ移る、どのくらいのスピードで移る、たとえば、現在長崎で雨が降っているから、東京では何時間後に雨が降るというような、あるメソッドがあるわけです。ルールがあるわけです。それに従ってやるのであって、たまたまその低気圧が方向転換したためにはずれるとか、あるいは速度が早くなって、早く降り始める。そういうことのためにはずれるのでありまして、メソッドが全然わからない天気予報は絶対昔からやっていないんです。そういうふうに、ある法則がわかりましたから天気予報というものが外国で始まり、日本でも始まったわけです。ところが、この場合、今皆さんもお話を聞いていたと思うんですが、それではどういうふうにして予報したかということは一言もおっしゃらない。ただ、地震が起こる前にこういう現象が起こる。大きな目でいいますと、時間だけ合わしたということになるわけであります。大きさはどういうふうに合わしたか、あるいは場所はどういうふうに合わしたかというメソッドは、まだ一つも確立していないわけでございます。ですから、和達長官がおっしゃったように、研究段階において、たとえば、あしたから全部観測所がばらまかれて、さて、これで予報をやってみようと言われてもメソッドがない、空です。ただ記録を読むだけです。この記録の上では、幾らということだけで、その記録自身がはたして何を書いておるのか、それは磁気波であるかもしれません。その現象を私は否定するものではないのです。これがうそっぱちだというのではない、それはあるかもしれませんけれども、それを使って震源を予報し、それから大きさ――地震というものは、もうたくさん起こっておるのです。現在でも起こっておるのです。それは、ただ小さいからわれわれが感じないというだけで、大から小から一ぱい起こっておる。それを当てるというのは何かといいますと、大きさが問題である。つまり、披害が起こるかどうかということが問題です。海に起こるか、陸に起こるかという、それだけで重大な問題です。ところが、たまたま今回は海に起こったから幸いであったというふうな、そういう予報では私たちは困るのです。実際は、海にあるから大丈夫だ、そう言ってもらいたいわけなんです。そういうふうな意味で、これは定量的に取り扱わないというので、つまり、業務にするには、一ぺんルールに乗せますと、それは永久に続くのです。永久というと大げさかもしれませんけれども、とにかく、末長く続く、日本国がある限り続くものですから、そういうときに、こういう何かわからないものを、はっきりしない前に取り上げるということは、業務として――研究ではなく、業務として取り上げられない。それだけ言ったわけで、実は、地震予知というものは、もう日本の地震学者全体の究極の目的であって、先ほど長官が言われたように、もうみんな一生懸命でやっておるのです。これは外国の地震学者は違いますれども、日本におる限り、日本国民である地震学者はみんな心がけてやっておるわけです。それで、気象庁としましても、災害予防というのが第一の目標でございまして、地震災害の予防というものには耐震構造と、もう一つは地震予知の二つがあるわけです。耐震構造の方は、明治時代からこの問題を取り上げられまして十分研究され、日本で一番進歩しておる部門であります。ところが、地震予知というのは非常にむずかしくて、なかなかうまくいかないところであります。しかし、気象庁は、もちろんこの地震予知を目標にしていろいろ考えておるわけなんです。それで、先ほど長官が、今年度から新しい地震計を備えることになっておるとおっしゃいましたが、その通りでありまして、ほんとうの目的は、地震観測によって何か少しでも地震予知に近づく道はないかというふうに考えているわけであります。

○原(茂)委員 広野さんの言われたことはよくわかるので、これは業務観測としては、という前提で、今直ちに取り上げることはできないのだという気持はわかります。だけど、予報したことがないではないか、あとになってから、そういう結果的なデータを出しただけではないかと言われるのですが、それでは、今までそこにおって聞いておられたのに、何を考えてそうおっしゃったか、私、疑問なんです。少なくとも、ついこの間も、二、三週間後にはこういう地震があるぞというような前兆が出てきておって、すでにそのことが墓前に発見されておる。そして、現中、入に地震があった。こういうことだけは事実である。予報はしている。ただ、方向がわからないではないか、海の中か陸の中かわからない。そういう点では、一点や二点の観測ではわからない、何十カ所、何百カ所の観測がありさえすれば――たとえば日本のまん中からいうなら、両側に五十ずつあるとする。そうして海岸に近いところから順に大きな振幅が出てきて、陸の奥へ入れば入るほど小さな振幅になる。きょう聞いただけでは、僕はしろうとだが、そういうふうに感ずるわけなんです。だから、何十カ所とか何百カ所とかやれば、これは海だ、あるいは陸だという方向も多分出てくるのじゃないかというように、しろうとなりに私はきょうの説明を聞いた。その点は、あとでもっと違った角度からこれを検討しなければいけないと思うから、今はけっこうです。

 そこで委員長に一つお願いしておきたいのでありますが、今、宮本先生の御発言の際に――委員会でここまでやっておいて、途中でやめるようなことはいけないと思うので、近いうちに地磁気の専門の学者に何人かこの委員会へ来ていただいて、今度は違った、地磁気専門の学者の立場からこの問題を、私どもはしろうとなりにお伺いをしてみたい、こう思いますので、いずれ理事会の問題にしていただきまして、ぜひ近い将来に、地磁気専門家を参考人として招致する委員会を召集せられ、この問題を引き続き取り上げるようにお願いしたい、こういうことを委員長にお願いしておきます。

 それから宮本先生には、途中でだいぶ興奮されたようですが、まだまだこういった問題は多くの学者方が研究されている段階でございましょうし、特に個人のお力で今までやったことに大へんな御労苦があったと思うのですが、おっしゃるように、私どもも国家的な立場で、この問題は真剣に和達長官等にも取り上げていただくようにこれから努力しますので、一つ気長に、もう少し一生懸命に、学究的な態度で御研究願いたい、こう思います。

    〔村瀬委員長退席、西村(英)委員

  長代理着席〕

○西村(英)委員長代理 岡本隆一君。

○岡本(隆)委員 大体議論も尽きているようでございますけれども、一問だけお尋ねいたしたいと思います。宮本さんにお尋ねしますが、非常に熱心に地震の予知の問題のために御研究していただいて、まことにけっこうだと思うのでございますけれども、今、問題の中心点は、やはりこれについての理論的な裏づけが乏しいというところに、和達長官がこの問題を取り入れることに難色を感じていられるのじゃないか、こういうふうに思います。私は、地震の問題については全くのしろうとでございますので、少し見当の違ったお尋ねをするかもしれませんが、先ほど、からの御説明を聞いておリますと、南海の大地震のときには、引き続いて地磁気の大きな変化がございます。そして、またそれが、お話ではぴしっととまっているわけですね。ところで今度は、右側の方の図でございますけれども、幾つかの地震の中で、二重まる、あるいは三重まるのついたのがございます。そうしますと、あの三重まるのついたところの地震が起こっている場合に、南海の地震では、ずっと地震が起こるまで持続的な変動があるのに、あの前には全然変動のない期間が相当にあるということですね。そういうふうなことが、地磁気と地殻の変化との間の関連性というものに科学的な相関性があるかないかというふうなことを、考える者は考えられるし、考えない者は否定できるというふうなことじゃないかと私は思うのです。そこで私はあなたにお尋ねしたいのですが、地震が起こるのにはいろいろな理由があろうと思います。たとえば、噴火によって起こってくる地震もあろうと思う。あるいはまた、陥没によって起こってくる地震もあろうと思う。そうしますと、そういうふうな地殻に変化が起こってくるのについては、その起こっておるところの予備行動といいますか、ある一定の段階に達すると、ばあんと爆発して大きな地震になる、あるいはすとーんと陥没するわけでありますから、この一定の大きな変化が起こる前に、ある一定の変化が蓄積されてくるわけなんですね。その蓄積されてきておる変化と地磁気の変化との間の相関関係というふうなものが解明されたならば、われわれも相当理論的にうなずけるかと思うのです。そういう点について、通俗的に、しろうとのわかるように御説明願いたいと思います。

○宮本参考人 確かに説明が困難な点を指摘されまして、私もどう説明していいかわからないというのが回答になると思いますが、まあ、私は私なりの解釈をさしていただきたいと思います。

    〔図を示す〕

 確かに非常に差があるわけでございます。この地震は非常に大きいといいましても、福井地震の十分の一かそこらの程度の顕著地震で、三重まるになっておりますが、その直前には大きな変動はないわけでございます。ところが、先ほど申しましたように、十月の初めから大きい異常が起こりまして、十日、十二日に最大の変化があった。ここに十数日の差があるわけですね。あるいは途中の二十一日ごろにも大きな変化がありますが、なぜこういうように、日にちがたって地震が起こっているか。ほんとうに直前まで大きな異常があるときと、あるいは日数がたってから地震が起こるという工合に、どうも食い違っておるんじゃないかという御質問だと思います。それに対する答えは、高木さんのデータが一番よい答えになると思います。私の場合もそうですが、私の場合を、まず最初に述べます。八月の十二日ごろから九月の三日ごろまで地震がないのです。大体大きな地震ですね。地震のないときは、私の場合でも異常が出ないのであります。それが今度高木さんのデータの場合は、上から二列目の――高木さんも強調したんですが、三、四、五、六、七、八から十三日ごろまで、全然地震が起こっておりません。そうしたときには完全な直線を描く。そうすると、タイプの差は認めても、要するに、完全同一なタイプだけでなくて、言いかえれば、ちょうど前の日まで続く場合もあるだろうし、あるいは四、五日前でとまってしまって、数日後に地震が起こるという例が多い。大きな地震があればあるほど、実は前にさかのぼるわけであります。東大の永田武教授が昭和十八年の鳥取地震の余震の観測出に、地電流が起こって二日後に、強烈な余震が三回起こったようであります。要するに、各大学では、地震が起こりますと、そういうような専門家が現場で観測を行なうわけでありますが、余震の大きいものは、大体二日前に地電流の大きな変化がある。大きい地震であれば、少なくとも一週間か十日前に大きな変化が出るということについては、何らちゅうちょなく受け入れる気持は持っておるわけでありまして、おそらく、ほかのデータにも相当出ております。

 先生の最初の御質問に対する回答は、これでよろしゅうございましょうか。地震のないときには、この前兆は全くないという実情でございます。

○岡本(隆)委員 私がお尋ねいたしたいのは、おっしゃるような地磁気の変動が起こるというのは一つの現象なんですね。そこで今度は、現実に起こる地震そのものと起こってくる地殻の変化ですな、その地殻の変化とその現象形態との間の相関関係というものを御説明願わぬと、たとえば、あの図面を見まして、あら探しというと失礼になるかもしれませんが、そういう否定するような気持で、かりに、あの高木さんの図を見ていくといたしますと、一番下の段には二重まる、三重まると、相当大きなまるがついて、大きな地震があるにかかわらず、磁気の変化の出方が少のうございます。一番下の段と下から三段目のところには、ペケのしるしが入っておりますね。この地磁気の変動が、あなたのおっしゃる前兆だと思うのです。あの前兆が相当あるにかかわらず、下から三段目の線のときには割合に地震が少のうございます。従って、一番下の段と、それから下から三段目とを比較していきますときには、あなたのおっしゃる前兆と、それから地震の数というものが必ずしも合致しない。だから、関係があるというふうに見れば見られるし、ないというふうな目で見れば見られないこともないというふうな見方も出ないではない。これは私は、必ずしもあなたの業績を否定しようという考え方に立って申し上げておるのではないのですが、ただ第三者として、冷静にものを科学的に見ていくという場合には、やはり一応、たといその説そのものが決定的に信ぜられるほどのものでなくても、どういうふうな地殻の変化が起こればこういうふうな地磁気の変動が起こってくるのかというふうな仮説のようなものでも立てて、それを理論づけていただかないと、私たちも、もう一つなるほどなというふうに思えないので、その辺のところを私は今お尋ねしているわけです。

○宮本参考人 非常にありがたい御質問を承りましてほんとうに感謝いたします。実は、私もその点触れていただけば、私は完璧に近い回答をいたしますから、ちょっと時間をかしていただきたい。

 先生の御質問は、ほんとうに涙を流して感謝するつもりです。どうしてかといいますと、一点観測だから、そういう疑問が出てきたんです。場所は宮古沖でございます。塩屋崎、根室、場所は東京から遠いです。これは東京に近いじゃございませんか、栃木、茨城。近いと小さい地震でもばんばん出るんです。遠いと、相当大きくてもあまり出ない。これは根室でございましょう。私のデータだけでもけっこうなんですが、最近、相当プリントを作ったのですが、実は非常に近い六十キロの地震と百二十キロくらいの地震と比較しますと、やはり近い地震は、相当小さくても大きく出ます。あるいはそれの数倍するものでも、それが数倍の距離でありますと、あまり大きな変化はしないが、一応出る。言いかえれば、要するに一点観測なるがゆえに、そのような――確かに御指摘なさいましたように、大きなしるしがついておるのに回数が少ない。ここはばかに多い。その点をもう少し補足させていただきますと、実は、高木君自身が六回に分けて報告書を書いた一部でございますが、借用させていただきますと、かつて彼が大阪で記録した場合に、非常におもしろいデータが出ておるのであります。非常に小さい地震であれば、たとえば、関西の紀伊半島、尾鷲という場所に実は起こっておりますが、そのときにばんばん出ておる。ところが尾鷲という――三重県の一部ですが、同じ場所にありましても全然出ておらない。これはおかしいじゃないか。見ようによっては地震と無関係でないかもしれませんが、驚くなかれ、大きな地震が約四、五日前に――七日に起きたとしますと、三、四、五、六、七、八というふうに、四日間くらい連続的に異常が出ております。ゆえに、一点観測ではだめでありまして、少なくとも、この場合には青森あるいは仙台、東京あるいはもう少し――かっては五点でありましたけれども、もっともっと、何べんも申して失礼でありますが、二十点でも不足でございます。全日本では最低四十カ所と考えております。ちょっとオーバーするような御返事をすると思いますが、このような御疑問、言いかえれば、徹底的に調べるという徹底的という言葉は、私が今まで各学者から聞いておりますところでは、三カ所、四カ所で徹底的にやってみて、それで徹底的にやったというようなことは間違いだと思います。関東地区で百カ所設けても、私は意味は少ないと思う。非常に地震の少ない中国地方とか、北海道にも五、六カ所設けて、初めて、地震のないところは全く直線を描く、関東、関西地区ではばんばん描く。そういう必要性を感じております。

 第二のお答えですが、最初に申し上げたときに御報告しましたが、大へん急いでおわかりにくかったことをおわび申し上げます。基礎的にといいますか、非常に基準になる考え方ですが、残念なことには仮説の領域でございまして、地震と前兆との関係を、私は次のように了解しております。御疑問があれば、あとでおっしゃっていただきたいと思います。

 石英というものが花崗岩に相当含まれております。大体地下少なくとも五キロ以上でありますと、花崗岩が一般に多いとされております。地震の深さは大体五キロから六十キロあたりが普通でございます。五キロは浅いのであります。グラニット、すなわち花崗岩の多い部分は非常に強烈な圧力が働きますと、大地震であれば、一月前にもさかのぼって相当強烈なものが働くということは、地震波の伝わり方の変化からでもわかります。そうしますと、御承知と思いますけれども、音響測深をやる船からの場合でも、水晶に電気的振動を加えると超音波が発射され、それが海底からはね返ってくる。超音波が水晶に当たりますと電気的振動に変わるので、そういうことに用いられておりますが、水晶のある特定な結晶軸に対して圧力を加えますと電気が生ずるのでございます。それは名古屋大学の――私はその一部のアブストラクトを持っておりましたが、今ちょっと持ち合わせておりませんので、あとで出します。これらの水晶に非常に強烈な、最大と思われるような圧力を加えますと、一ボルトの電気が生ずるというふうに、熊沢という名古屋大学の若い方が発表されました。大体計算をしますと、大きな地震は八キロとか六キロという非常に大きな範囲で、強大な五千ボルトとか六千ボルトという電位差が、非常に短い時間に、圧力がぱっと加わった瞬間だけ働く。そのような磁場変化がどのように伝わるかと申しますと、直接空間を経てやってくるのもあるでしょうが、それは非常に弱いわけです。距離が百倍になると百万分の一、地電流として流れれば、距離が遠くても案外強くある量が流れる。私の推定では、地磁気の観測を何年間か続けた人の合作というか、私のアイデア・プラスその人のアイデアですが、地電流というものが相当遠くまで及ぶので、長い週期ではなく、今言ったように、一秒から十分の一秒程度の短い瞬間的変化が起こると、そこから少なくとも何十キロ、何百キロの範囲においては相当磁場変化が起こる。その磁場変化によりましてトタン――要するに鉄板でございます。トタン板というよりは、本質的には〇・三ミリの鉄板と考えて、その厚さが適当だと考えております。それに注目していいかどうかは疑問でございますが、要するに、感応磁気というものが生じて磁石になる。その磁石によって、前に申し上げましたように、下の磁石に対しては、上の磁石に対してよりも距離の関係が非常に作用するので、強く回転力を与えます。もう一つ、私は自分の言葉の足りないことをざんきにたえないのでありますが、このタイプは、確かに非常に了解しやすいので、私の今申し上げました二、三の地磁気専門の学者も、こういうことはあり得ると言っています。ゼロ線ともいいますが、この中央線がずれるということは、この磁力計の器械的な不十分さによるかもしれないのであります。このつり糸の延長線上に重心がきていないかもしれません。私はセメダインでぼんぼん張りつけておりますが、重心はアルミ板の外側にずれているのではないかと思う。ゆえに重心が、このタングステン糸の中心線に磁場変化が生じたときには、中央線が変化するかもしれません。ゆえに、私が今の段階で主張したいことは、一秒の十分の一 これでは少し小さ過ぎますが、十分の三とか十分の七秒という短い時間の磁場変化というものは、さっき申し上げましたように、地殻内部の地震の数日前の強大な圧力によって説明できる。なぜそう強く主張する根拠があるかといいますと、南海道地震のときに、津波がくるのではないかと思って地方の高等学校の先生が海岸で見ていたのでありますが、強烈な発光現象があった。初めは数秒間隔で、だんだんと数十秒というふうに長い間隔で発光現象が生じたのでありまして、合計して三十分くらいに及びました。海上には高圧線がないので、スパークと考えることはできない。自然の発光現象と考えることができるわけであります。圧力が加わることによって電気的な何ものかが起こっているのであります。和達長官も本に書いておりますが、相当強烈な発光現象が起こっておりました。ゆえに水晶に圧力を――石英と申した方がいいと思いますが、石英に圧力を加えることによって瞬間的に電気が生ずる。それによって説明することができるのではないか、こう私は思っております。

○岡本(隆)委員 宮本さんの今までの地震の予知に対する異常な熱情には敬意を払うのです。また、今の御説明でおぼろげながら、ある程度のなにがあるということがわかりました。この問題については、これはまだまだこれからいろいろな立場から学問的に研究し、解明していかなければならない問題だと思うのです。しかしながら、今の御説明を聞きますと、やはり相当多くの――たとえば、少なくも二十カ所に装置を置かなければこの問題の解明ができないというふうなことになって参りますと、非常な難関に逢着しているということになると思うのです。あるいはまた、ほかの学者もそれぞれの立場から地震の予知の研究をしておられると思うのです。一つ起こりますと、南海にいたしましても、福井にしても、ことには、関東の大震災のごときは数万の人を瞬時にして殺すというふうな大惨害を起こすのでありますし、いつ起こるかわからない。何にいたしましても、これの予知の研究というものは国防に準じた考え方で臨んでいただかなければならないと思うのです。従って、われわれが国防費に相当の経費を投じるなら、この地震の予知というものに相当な経費を投じても、これは決して惜しい費用ではないと私は思います。従って、学問的には、まだこれが十分熟していないものと専門家のあなた方からお考えになってお思いになるかもしれませんけれども、しかしながら、宮本さんも地震学会に入り、相当な学問的な経歴も持っておられる、その方がこれだけの熱情をもって今まで数年の間献身的に情熱を傾けてこられたということに、私はやはり敬意を表さなくてはいけないと思うのです。従って、学問的には、まだあなた方に多少の御得心のいかないなにがありましても、これを一応研究題目として取り上げていただいて、研究的な形でもって、全国に二十カ所が無理であるなら、たとい十カ所でもこれを配置して――理論的には、それはまだまだむずかしい問題が出てくるかもしれませんけれども、しかしながら、こういうふうに地震と関連性のあるこの経験を、あちらこちらの散在したところの研究所で積んでいけば読みが出るのではないかというふうな意見を出しておられるのでございますから、一応こういうふうな研究をお役所の研究題目として取り上げて、来年度から出発するというふうなことを始めていただいたらという意見を希望的に申し上げて、私の質問を終ります。

○西村(英)委員長代理 村瀬宣親君。

○村瀬委員 異例の長時間にわたる質疑が続いておるわけでございますが、私は、きわめて簡単に、最後のお尋ねをいたしておきたいと思います。

 まず、ごく大ざっぱでよろしゅうございますが、地震関係の予算は今どのくらいございますか。

○広野説明員 現在、地震観測をしておりますところは百八カ所ございます。そうして、その観測を維持するために年間四百二十万円を使っております。それから、先ほども長官からお話がありましたように、今度は今までの古い地震計をかえて新しいものに直しますが、今年度は四カ所つきまして、

 これが一千万円でございます。これは全国三十五カ所の予定でございまして、来年度といたしまして残りの半分四千万円の予算が出ております。全部備えつけられました場合には九千万円になります。

○村瀬委員 地震予知につきましては、先ほどから参考人並びに政府側のお答えによりますると、伸縮について調べる、または傾斜について調べると言っておられるのでありまするが、この伸縮または傾斜によって地震が予知された例がございますか。

○広野説明員 傾斜でございますが、昭和十八年の鳥取地震の前に生野鉱山の地下に京都の大学で傾斜計を設置しております。その傾斜計が地震の起こる前に一方的にどんどん傾斜してきまして――たしか生野鉱山と鳥取の距離はそう遠くはなかったと思いますが、突然その傾斜が反対方向に変わりました。変わりましてから数時間後に地震が起こりました。それが非常に顕著な例としまして教科書その他いろいろな場合に引用される現象でございます。それから、今、傾斜と申しましたのは、要するに、地殻が変化するわけでございます。それを記録した。

 それから南海道地震の場合には、その二年前の東南海道地震、これは昭和十九年、戦争中に紀伊半島の東側に起こりましたが、非常な災害を及ぼしました。このときまで紀伊半島はどんどん先下がりの運動をしておりました。ところが、この地震が起こってからも、なお先下がりの運動をしておりましたので、なくなった今村先生は、この地震は解消していない、なお近いうちに大地震があるだろうということをおっしゃっていましたが、はたして、その二年後に南海道地震がやはり紀伊半島の西側の潮岬の北方に起こりました。そういう傾斜地殻運動に並行した例がございます。その場合には、先ほどの生野鉱山の例のようなはっきりしたことはわかりませんでしたが、それは水準測量といいまして、ときどき測量して運動が続いているとか、いないとかを判断をするわけでございます。生野鉱山の場合には、ちゃんと自記をしまして絶えず記録がとれるわけでございます。それは地震が起こったあとで、そういうことがわかったということでございまして、地震の前に、それによってはっきりしたという例はあまり聞いておりません。

○村瀬委員 生野鉱山の場合に数時間前に傾斜によって予知ができた、それから南海地震のときは、水準測量でいつ、どうということなしに、名分もう一度あるだろうという単なる想像であった。こういう事実と、それから、本日一時からいろいろ意見が戦わされまして、このように原因はともかくとして、また偶然の一致だったかもしれぬが、ともかくも、このように一週間も十日も前からわかることが明らかになった。しかるに、あなた方は、わずかに数時間前に予知されたケースが、それも一回。それがためには四百二十万とか、千万とか九千万を投じて措しくないと言っている。ところが、このように何回も何回も、しかも、何日も前からわかることを、これは原理がわからぬからほうっておくというのは、どういうお考えなんでございますか。

○広野説明員 われわれが観測しておりますのは、地球物理学的に何をはかっておるかということがはっきりしているものにつきまして、はかっておるのでございまして、確かに地震予知というのは副産物として出ておりますけれども、やはり学問的基礎のある現象を主としてやっておるわけでございます。そして宮本さんの場合は、先ほどお話しいたしましたように、まだ書いておるものが何であるか、たとえば、ここに震動が出ておりますが、これは何を表わしておるか、たとえば、磁気の波の強さを表わすとか、あるいはこれを幾らで割れば何が出るというような、はっきりしたところがまだわかりません。つまり、地球物理学的な根拠というと変ですけれども、これをたといはかりましても、まだそれを使ってどうするということがちょっとできないものですから、業務としては取り扱えないものと思います。

○村瀬委員 先ほどから和達長官もよく言われた言葉でありますが、業務としてはとか、なかなか組織的にはやれぬというお話を聞くのでありますけれども、とにかく、幾千万円かの予算を年々お使いになっておる。それで一体どれだけ予知が進んだのですか。今までお話を聞けば、数時間前に生野鉱山で一回わかっただけという。ところが、この高木技官の研究されたものは、何回か出ておるじゃありませんか。しかも、これは、私はしろうとでございますけれども、特に専門家のあなた方に一つ敬虔な態度で聞いていただきたいと思いますことは、これは何も一宮本教授が道楽で始めたことじゃありません。名利にとらわれて始めたことじゃないのです。もともと吉塚技官とか何とかという方が、これは軍の要請であったかどうか知りませんが、地殻の何千メートル底の油を掘り出すのにはどういう変動があるか調べよという命令で、最初こういうことで調べたら、偶然にも何かの変化がそこに起こる、これはおかしいというので高木・技官にこれを依頼されたという、動機はきわめてきれいな動機でございます。これによって学位をとろうとか、名誉品を得ようといった問題ではございません。これを受け継いだ高木技官が、これもあなた方の同僚の役人でありますが、前の藤原長官にお伺いを立ててお始めになったことでございましょう。これは決して荒唐無稽な、何か先ほど石川参考人は神がかりのようなことでは取り上げられぬとおっしゃったけれども、決して神がかりでも何でもない。事の起こりというものは、実に学者的な、偶然の一つの現象に対して、これを解明したいというところから起こったのでございましょう。それを先ほどから、業務としては行なえないとか、何が原因やらわからないから取り上げぬのだという。これは私は、学者としてそういう態度を本日初めて聞いて、不思議に思うのであります。今日の学者の皆さんのやっていらっしゃることは、これはおかしい、何の原因であろうかという疑問に発して、それを解明しようというところに、すべての学問は出発しておると私は思う。何か知らぬ、偶然が一致する、その事実は認める。むしろ、それもまだ認めぬというなら、あえて私は質問をいたしませんが、それは認めて、こういう現象は認めておるが、その現象の原因の原理がわからぬから飛ばしてしまう、そういうことで学問が進むでございましょうか。これははなはだ失礼な申し分でございますが、松沢教授にも私は一つ何とかお考えをいただきたい。松沢先生は、とことんまできわめておく必要があると先ほどおっしゃいました。それならば、なぜとことんまできわめてみていただけないのでございましょう。なぜ学校も気象庁も研究所もこれをお取り上げにならないのでございましょう。毎年々々何千万円の国費を使って、そうして一ぺんだけ生野鉱山で、しかも、数時間前――数時間前にわかったって大した効果はございません。しかも、こっちは、偶然かもわかりませんよ。研究してみたら何でもなかった、何か太陽光線か何かの反動であったかしれません、あるいは火星人か何かの電波かもしれません、しかし、なぜそれをきわめようとなさらないのであるか。こういう現象がわかっておりながら、これを取り上げようとなさらないところに、私は気象庁長官に対しても釈然としないものがあります。長官に対しては、私は、かつて中共を昭和二十九年に訪問いたしました当時、非常におごりさかっておった周恩来に対しまして、ひとり敢然として、人類の台風その他気象との戦いを何回も何回も食い下がって、そうしてあの北京の紫光閣において信念を披瀝されたことについて、私は当時から非常に尊敬しております。その結果、中共は日本に三百カ所くらいの気象のいろいろなわかりやすい暗号等も送ってきてくれているそうであります。これは気象庁長官の何ものをもおそれない、人類のために自分の信念を貫くその御態度に、ずっと私は尊敬をしてきておりました。ところが、私はきょうのこの科学技術特別委員会におけるいろいろなお話を伺っておりますと、あのときの和達長官の御信念があるならば、これが今ごろこんなところでうろうろしていることはないと思うのであります。私は、この点、原理がわからねば手をつけないという点について、もう一度お考えを伺っておきたいと思います。長官にお願いします。

○和達政府委員 いろいろおっしゃられましたが、冒頭に、気象庁が役に立つ科学的研究をして、そして、それが人々のしあわせになることにどうしてちゅうちょしましょう。私は全力をあげていたしたいと思っております。気象庁の地震の予算を申されましたが、あれは地震予知に関連もございますが、全国百カ所以上にわたる地震観測でございます。そして、これは震災のときの設計の基礎にもなるいろいろな地震の観測でありまして、国際的に協力してやっている業務でありまして、それは年間四百二十万でやっているのであります。それが関東震災以来あまりに老朽しておって、外国ととても太刀打ちできないような事態になりましたので、全面的にかえたいというような去年からの計画で、本年は一千万円いただいて一部をかえておるのであります。地震予知に関しましては、研究所が主になって、研究所の経費でやっているのでありまして、その予算は聞いておりませんけれども、きわめてわずかと存じます。しかし、必要ならば予算をとりまして堂々とやりたいと思いますが、私の力及ばず、現状におきましては、それほどの予算をいただいておるわけではありませんので、たくさんあるいろいろな地震のテーマの中で、これはと思うもの、研究者がこれはやりたい、見込みありと信ずるものをやっておる次第であります。それで、ここに宮本さんのができたのでございますから、私はできるだけ応援してやりたいと申しておるのであります。ただ、私どもがあまりに役人的で、これを経営業務に織り込むということは経営の予算が要るのでありまして、いろいろめんどうなことがありますので、この次の予算には、それは出しておりませんということを申し上げたのでありまして、この研究が進み、そして役に立てば、とことんまでやるということはお受けしてよろしいと思います。

○村瀬委員 長官は、いろいろのテーマのある中で、学理的に原理のわかったものをやろうというような御答弁のように承るのでございますが、しかし、その原理のわかったものじゃ何も予報にならぬじゃないですか。とに宮本参考人が長い間やってみて生野の鉱山で数時間前にわかった、それ一つでしょう。ほかに何がありますか。ところがこの宮本式といいますか、高木式といいますか、これを見ても、ずっと一度や二度じゃないはずです。南海地震のときだって、ああいうふうにちゃんと出ておる。そうすれば、これはただ学理をもてあそぶ場合ならば、それはそれでもよろしゅうございましょう。われわれは国民の生命を直接あずかっておる政治をやろうとしておるのであります。たとい、それが荒唐無稽なものであって、全然何らの関係のないものであっても、ここに五日前、十日前に二、三回も妙な現象が起こつた。先ほど石川業六氏は、にじが起こったからといって取り上げられぬという。にじでもよいと私は思う。ある妙なにじが、地震の必ず五日前に起こるというのならば、それでもいいと思うのです。何か原理、原理といって象牙の塔にじっと閉じこもっておって、それで直接国民の自然との戦いはできるものじゃないと思います。来年度の予算には今要求はしてないとおっしゃいますが、こういうものこそ、私は大いに取り上げていただかねばならない性質のものであり、こ、長官に対しまして、きょうはなかなか激越な言葉も使われましたが、これも非常に熱心のあまりであって、長官におかれましても、今まで宮本氏に非常な協力、援助を惜しまれておらなかったので、ありまするから、長官としてはおおらかな気持でおくみ取りなさることであろうと思うのでございますが、もともと、これは宮本氏を何も対象にするものではないと思います。日本の気象庁の直木技官が考案されたものであり、もともと気象庁の身内の研究なんでございます。何もこれが成功したからといって、宮本さん個人に名をなさしめるものでも何でもないのであります。私は、そういう観点からこの問題をもっと――まだ予算も決定したものじゃございません。それは各省から概算要求も出ておるかもしれませんが、さらに一つお考えを願いたいと要望をする次第でございます。

 時間がありませんから、私は、最後に一つ石川参考人にお尋ねしてみたい。参考人でございますから、礼を尽くすべきでございますが、一つ責任もお感じになっていただきたい。と申しますのは、これは四年も五年も、前の藤原気象台長のお考えによりまして調査が進んでおったのであります。もし、これが今後研究の結果、有効なものであると決定をいたしますならば、石川業六氏の責任はきわめて重大であります。中途においてこれだけの空白を来たし、また、これだけの議論をここにもせねばならなくなったということは、石川さんが役所の費用を使ってお調べになって、そうしてある一種の結論的なものをお出しになった、これが今日これだけ大きな議論をせねばならない直接の原因だろうと私は思うのであります。石川さんも、確かに学究的な、良心的な研究家としていろいろ御研究になったと思うので、私も尊敬をいたすのでございますが、ただ、先ほどの御意見の発表には、意が通じなかったのか、私には非常に矛盾したことが考えられたのであります。絶対だめだという反証は起こっていないという最後のお言葉はありましたけれども、大体先ほど各委員が言いました通りに、何を研究しているのかわからない、そういうふうにおっしゃいましたし、また、統計的な結果が出ない限りは取り上げるわけにいかぬというお話があったのであります。なぜ統計的な結果が出るように進言をなさらなかったのでございますか。やめてしまっては、統計的な結果が出る気づかいはないのであります。統計的な結果を出すには、さらにたくさんの場所と時間をかけて研究してこそ、統計的な結果が出るわけなんであります。この点は、一つの独断をもって処置されたか、一つの結論を出されたかに響いた点もあるのでございますが、もう一度御意見を承りたいのであります。

○石川参考人 先ほど私申し上げましたときに、言葉がまずかったもので、だいぶ誤解を受けておると思います。私の申し上げた言葉の中で、まず誤解を受けたことは、何を研究しているかわからないというふうにお取りになったような気配があるのですが、そういう議論を申し上げたことはございません。速記録を調べていただければわかると思いますけれども、何を観測しているかがわからない、こう言ったはずです。その何をという意味は、地震の予知を目的とした、そういう抽象的な意味の何をという意味でなくて、どういう要素を観測しているかがわからない。もっと具体的に言いますと、たとえば、寒暖計というものは温度という物理的な量を観測しておる。ところが、この器械ではどういう要素を観測しているのかわからない、こういう意味で私言ったのであります。それを誤解なすった点もありますので、まず、それを申し上げます。

 それから、ただいま私の責任問題をいろいろ申されたのですが、まことに感ずるところはございますけれども、私がやりましたことは、第一、私が柿岡の観測所におりましたときに何をやれと言われたかといいますと、無定位磁力計というものの機械的な性質をとことんまで機械的な性質として研究しろ、こういうことであります。これを地震の予知に結びつけて、地磁気観測所にいながら地震の予知をやるようにと申されたわけではございません。私の専門は、どこまでもその場合に地磁気の研究でありましたし、地磁気の機械についての研究をやったわけであります。それで私のやりましたことは、この無定位磁力計の機械的性質をできるだけとことんまで研究したわけであります。その報告は出ております。その報告には、先ほど宮本さんがちょっとおっしゃいましたが、一番最後には、地震との関係というものは、少なくとも私が用いました機械で観測した限りでは――その機械というのは、先ほど申し上げましたように、二点において現在ここで使っている器械とは多少違うのでございますけれども、それをやった限りにおいて、何ものも奇妙な現象は出ていなかった、しかし、それは今後の問題として研究すべきである、こういう結論を出しておいたはずであります。それだけ申し上げます。

○村瀬委員 何も出なかったけれども、今後研究を要する、何も出なかったら、もうそれでやめるということになると思うのでありますが、今後の研究に待つという報告が石川さんの報告にあったといたしますならば、これはやはり、あなたにも、何かあるなというお考えがあったから、今後なお研究をする必要があるとつけ足されたと思うのであります。そこで事態は、ややはっきりして参りました。高木技官がこれをお調べになって、心身ともに疲れておやめになられたのもやむを得なかったと思います。また、石川さんがいろいろお調べになって何も出なかった、しかし、それはああいう何とか油をつけたりした他の観測器によった、何も出ないのが当然であるかもしれません。そういう点、私は専門でございませんからわかりませんが、しかし、何も出ないけれども、なお研究する必要がありとしてつけ加えたといたしますならば、私は気象庁においてこれは当然続けるべきであったと思うのでございます。

 時間がございませんから、私は結論を申しますが、先ほどからの長いお話を聞いておりまして私が非常にこの問題で不審に思いますることは、たとえば、地震の予測の場合も、時間とか、位置とか、大きさがわからねば効果がないというお話もございました。また、この間の宮本さんが予言なさったことも、海で起こったからよかったというだけでは困るというような、どなたかのお話もありました。しかし、実にこれはオール・オア・ナッシング、全か無かという考えだと思う。そういうものではございません。それは時間もわかり、位置もわかり、大きさもわかれば完全でありましょう。海で起こったからよかったでは困るということも、私はそうだと思います。しかし、何でもかまわない、ちょっとでも予知できるということは、非常に人類にとってしあわせであります。たとい、最初位置や大きさや時間がわからなくても、また、海やら陸やらわからなくても、私はけっこうであると思うのであります。そういう完全なものでなければ手をつけられない、予算も見まい、あるいは原理がはっきりしてからでなければ手がつけられない、そういうお考えは私は必要ないと思うのであります。それならば、現在行なっておる傾斜とか伸縮による分もむだな金を使っておることになってしまうのであります。私は、一歩々々順を追うて、少しでもこれはあるいは予知ができるかもしれないと思うことは、全部どしどし勇敢にやっていただきたいと思うのであります。もしそれ、こういう問題に、だれが言い出したからというようなことはないと思いまするが、多少でもいろいろとらわれた事項のためにこの問題がおくれておるといたしまするならば、それは日本全体にとっての不幸であります。ことにこの問題は、何度も申し上げまする通り、気象庁自体が手をつけられた問題であります。途中において、これがなぜか中止された問題でございます。ある学会と学会との対立でもなければ、ある地域的または学閥的な対立などは全然ない問題でございまするので、どうかこの問題につきまして勇敢に研究、調査を進められまするように、特に要望をいたしまして、私の質問を終わります。

○西村(英)委員長代理 他に御質疑がなければ、参考人各位からの意見の聴取はこの程度にとどめます。

 なお、参考人各位に申し上げます。

 本日は長時間にわたり、しかも、貴重な御意見の御開陳をいただきまして、まことにありがとうございました。本委員会を代表して、私から厚くお礼を申し上げます。

 次回は十二月四日開会することとし、本日はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。

    午後五時十五分散会