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新・地震学セミナー

このサイトは「地震爆発論学会」の研究発浮フ場を兼ねています。

投稿を希望される方は、管理者ansin@ailab7.com 宛メール送信してください。管理者が内容を
判断して適宜紹介させていただきます。


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  [2585] 地震爆発論批判が何故起こらないのか?
Date: 2017-09-21 (Thu)
 [2546]でも紹介しましたが、地震爆発論を何故定説論者は批判しないのか?そういうサイトはどこかにないのか?という質問がネット上(Yahoo知恵袋)にあります。

 まったくごもっともな意見ですが、世の中の定説論者は黙殺し、じっと事態を見守っています。学者としては卑怯だと思います。

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地震爆発論というのを目にしたのですが、これに対する批判意見はないのでしょうか?

bakanahito5さん 2017/7/1910:57:54

学校の勉強の復習で地震波について調べていたところ、地震爆発論という新しい地震発生理論があるという話を目にしました。
中々革新的で俄には信じられないような類の理論だったのでネットで調べてみたのですが、調べ方が悪かったのか、これに対する定説の側からの批判意見がまるで見つからないので、とても気持ち悪く感じました。
コペルニクス的転回という言葉もありますし、新しい説が正しいのならば積極的に受け入れたいのですが、科学は批判や反論の繰り返しで正当性が評価されるものだと思うので、批判されない新論はともすればトンデモ科学の臭いが漂ってきてあまり近寄りたくありません。
地震爆発論学会の側で「誤解と解説」のようなページは用意しているようですが、それよりもバリバリの定説論者側の用意したページでの批判意見(できればそれに対する新論側からの更なる反論も)が見たいです。どこかに無いものでしょうか?

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討議内容にある「影のゾーン」に関する件や、政界への色目と言う揶揄に関しては[2546]で解説しました。

また同サイトには、事務所代表のプロフィールを見つけたとして、

「● 代表者のプロフィール
> 2012年 地震爆発論学会 事務長就任

早い話、門外漢の思い込み理論ですよ。
だから誰も相手にしないのです。」

というコメントもあります。自分の信じる所を提示して論議するのではなく、一方的に論議を避けて、「相手にしないほうがいい」みたいな態度ですが、生産性の無い態度といえます。何故「どこが思い込みなのか」を指摘しないのでしょうか。議論を深めて討議を重ねないと、進歩は望めません。

質問者の「定説の側からの批判意見がまるで見つからないので、とても気持ち悪く感じました」というのはごもっともです。

 沈黙することなく、「地震爆発論のここがおかしい」という積極的な指摘を待っています。
以下に送信してくだされば、この場に掲示し、回答します。
 
isshy7@kfz.biglobe.ne.jp

この掲示板はイタズラ書き込みが多くなったので、現在管理人しか書き込めないようになっています。あしからず。

  [2584] メキシコの地震から分かる地震発生メカニズムの違い
Date: 2017-09-20 (Wed)
昨日9月19日、メキシコでまたM7.1の地震(プエブラ)が起きました。9月7日(チアパス)のM8.1に続いて大きな被害が出ております。メキシコでは32年前(1985年)の同じ9月19日にもM8.0の巨大地震が発生し、9,500人以上の死者が出ています。


1985年の地震(M8.0)より7日の地震(M8.1)のほうが地震の規模が大きい。
同じような海岸付近の地震なのに、なぜ人的被害が少ないのか?
1985年は死者9,500人以上、2017年(9月7日)は死者60人


今年起きた2回の地震はUSGSの解説を見ると「ココスプレートがアメリカプレートに潜り込んでいるために起きた地震」となっていて、CMT解をみると、「正断層型」となっています。



一方1985年の地震のCMT解は「逆断層型」となっています。

ココスプレートが潜り込んでいるための地震で、一方は「正断層型」で、他方は「逆断層型」というのはどのようなメカニズムなのでしょう。プレート境界型地震は「逆断層型」になるというのがこれまでの地震で学者が説明していたはずです。なぜ今回は「正断層型」の地震になったのか、地震のメカニズムが正しく把握されていないのではないでしょうか。

地震爆発論では「プレートの潜り込み」という概念を否定していて、水素爆発に伴う「押し円錐軸」が水平ならば「正断層」が発生し、垂直ならば「逆断層」が発生すると解釈しています。1985年は押し円錐の軸が垂直な爆発(直下型地震の意)で、爆発力が地上を直撃し、大きな被害が出ました。今回は押し円錐の軸(爆発の軸)が水平なので、1985年のような壊滅的な被害は出なかった、ということではないのでしょうか。もちろん[2136]で述べたように、地球の主治医が何を考えているのかを忖度することも重要です。[2136]で述べた感想を再掲します。

『唯物論者が「最高の知者」であるとはとても思えません。「最高の知者」は謙虚に上位の意識体の思いを忖度する人、なのではないでしょうか。ピロリ菌よりは主治医の存在を知っている善玉菌のほうが“知者”でしょうね。主治医のような上位の意識体を「霊存在」と呼んでも、「神」と呼んでも、「祖神様」と呼んでも、それは構わないのではないでしょうか。ソクラテスにはダイモンという「霊的存在者」がアドバイスしていたことは明らかになっています』


1985年の地震は直下型地震で爆発力が地上を直撃した。
2017年の地震は爆発が水平におきて、地上を直撃しなかったので、人的被害が少なかった。



地震発生のメカニズムをプレート論に頼っていると、いつまでたっても地震の真相を把握できませんし、地震の予知など「遠い夢」になるのではないでしょうか。

現代地震学は方向を誤っている。
メキシコの地震は不幸であるが、
地震学を見直す機会にするべきである。


参考:CMT解の意味
(CMT解というものは二つの直交する断層面があるという前提の下に考えられているので、石本博士の『押し円錐理論』とは矛盾する考え方です。しかし押し円錐軸がどこにあるのかは判断できます。)

今月発生したメキシコの2回の地震はUSGSの解析で「正断層型」だったということです。


19日に発生した地震のCMT解(正断層型).........CMT解と押し円錐軸の凡その関係


昨年8月に起きたイタリアの地震も「正断層型」だとされています。[2331]に紹介しましたが、CMT解を調べて、「引っ張り力が左右に働いて正断層ができる」と解釈するのは間違いです。気象庁の理解も間違っています。



19日の地震に関して、USGSの解説でも南東(southeast)と北西( northwest)に圧縮力が働いた(strike)となっていますが、「南東」と「北西」に働いたのは、「爆縮(Implosion)力」であり、北東と南西に働いたのは「爆発(Explosion)力」である、というのが正解です。力の働く物理的意味が正しく理解されていません。

Tectonic Summary

The September 19, 2017, M 7.1 earthquake in Central Mexico occurred as the result of normal faulting at a depth of approximately 50 km. Focal mechanism solutions indicate that the earthquake occurred on a moderately dipping fault, striking either to the southeast, or to the northwest. (USGSより)

dipとは下がる、沈むと意味です。日本では「正断層」と言いますが、アメリカでは「dipping fault」と呼んでいます。

昨年8月のイタリア地震の例を再掲しておきます。



地震はこんな力で起きるのではありません!........爆発(Explosion)と爆縮(Implosion)が起きているのです。


「引っ張る力」なんて働くはずがない。
震源から外に向かう爆発現象が起きているだけである。




  [2583] 付加体論は一つの仮説と教え、新仮説を望む教授もいる
Date: 2017-09-18 (Mon)
 岐阜大学の小嶋教授が「付加体論は一つの仮説」だと学生に教えている、という誠実な姿勢を記事にしておられます。

 高校では地向斜理論を学んだが、大学ではプレート論の時代なので職を得るために、「郷に入れば郷に従う」という知恵が必要なのかもしれません。

 「付加体論」を妄信はしていない研究者がいることを紹介しておきます。

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山のでき方、こわれ方:付加体造山論と山体重力変形地形

小嶋 智(第3部連携会員:岐阜大学工学部教授)

(1)山のでき方
 「山は何故高い?」 私が高校生の頃、この素朴な疑問に対する科学的な答えは地向斜造山論という体系であった。地殻のある部分が(何故か)薄化し、沈み、地向斜と呼ばれるその窪みに多量の砂や泥が厚く堆積し、その後、(何故か)そこが上昇を始め高い山脈を造るという。私が学んだ高校の地学の教科書にもそう書かれていた。高校の教科書に書かれているピタゴラスの定理や運動量保存の法則を疑う高校生がいないのと同様、私も地向斜造山論を、その証明や論理的な演繹がないことを訝しく思いながらも信じた。
 
大学に入って理学部地球科学科に進むと、既に、地向斜造山論を信じている人はある特定のスクールに限られていることを知った。世はプレートテクトニクスの時代である。ユーラシアプレートとインド・オーストラリアプレートが衝突することによりヒマラヤが上昇するということも論じられていた。しかし、自分が調査している日本の造山帯(例えば私は美濃から飛騨の山々を調査した)ができたのは1億年以上前の話である。それが、現在の地球科学現象を支配するプレートテクトニクスと関係があるのかないのかは、いくら沢を詰め、岩を攀じ、薮を漕いでもわからなかった。
 
その頃(1980年)、大阪市立大学のグループが岐阜・愛知県境の木曽川河床を調査し、放散虫という1mmにも満たない微生物の化石を用い、画期的な発見をした。厚く繰り返し堆積したと思っていた、放散虫の遺骸からなるチャートや泥岩・砂岩といった地層は、実は、薄い(数百メートル)1枚の地層に過ぎず、それが何度も断層で繰り返すことにより見かけ厚い(数千から数万メートル)地層をつくっているというのである。そのためには、海洋プランクトンである放散虫が堆積する広い海と、その地層を大陸縁まで移動させ、陸からもたらされた砂や泥と一緒に畳み込まれるように繰り返す作用、つまり地向斜造山論のように地層を上下に動かすだけではなく、側方に何百km、何千kmと移動させるような運動が必須なのである。この発見により日本の地質学者は(少なくとも私は)、日本の造山帯は海洋プレートの沈み込みにより形成されたという確信を得、その後、日本各地から同様な発見が相次ぎ、付加体造山論が確立された。
 
付加体造山論は、造山帯の形成過程を次のように説明する。海洋プレートは海嶺で生まれ両側に拡大し、大陸に向かって移動する。その過程で海洋プレート上に堆積できるものは、プランクトンの死骸・大陸から風に乗って飛んでくるごく細粒の泥や火山灰・宇宙から降る宇宙塵くらいのもので、その結果、プランクトンの死骸を主成分とするチャートが形成される。途中、ハワイのような火山ができれば、玄武岩やそれを覆う礁を起源とする石灰岩も堆積する。数千万年かけてこの海洋プレートが大陸縁辺の海溝に達すると、陸から多量の土砂が供給され砂岩や泥岩が堆積する。こういった堆積物をのせた海洋プレートがそのまま地殻の下にあるマントルの中へ沈み込んでいけば何事も起こらない。現に、東北地方の日本海溝に沿って、付加体は形成されていない。しかし、条件が整えば、これらの堆積物は海洋プレートからはぎ取られ、楔形の大陸プレートの下に付加する。さらに同じことが続けば、次に形成された付加体は、既に付加した付加体を下から押し上げる。これが何千万年も続けば、やがて古い付加体は下から次々と押し上げられ、陸化し、山脈をつくるようになる。
 
このような現象が見られるのは日本だけに限られるのであろうか? 海洋プレートの沈み込みは何千kmも続く海溝に沿って、何千万年も続く現象である。もし付加体造山論が正しいのであれば、日本列島の付加体と同様な地質体は日本の北あるいは南にもあって、然るべきである。私は、日本列島の北方延長と考えられる地域を調査することにした。1986年から、水谷伸治郎先生の助けを借り、中国やロシアを毎年のように調査した。その結果、日本列島の付加体は、中国東北部のナタハタ山地やロシア沿海州のハバロフスク、さらにはその北方へ、延々と1,000km以上も続くことが明らかになった。
 
アルプスやヒマラヤといった大山脈は、前述のように大陸プレートと大陸プレートが衝突して形成される。しかし、衝突以前には、衝突する大陸の前面に広がっていた海洋プレートが沈み込んでいたはずである。そうであれば、ヒマラヤ山脈にもインド亜大陸が衝突する前に形成された付加体があるに違いない。そのような確信のもとに、パキスタンやインドで、両プレートの境界(インダス縫合帯と呼ばれる)の調査も行った。パキスタンのインダス縫合帯には、やはり付加体がみられた。しかし、インドヒマラヤのインダス縫合帯では、その名残しか見つけることができなかった。インドヒマラヤは北上するインド亜大陸の真正面に位置し、それまでに形成された付加体は激しい衝突のために失われてしまった、あるいは高度変成作用を受けて、もともと付加体であったかどうか解らなくなったのであろう。
 
付加体造山論も、地向斜造山論と同じく一つの仮説である。深海掘削船により世界各地の海溝陸側斜面で掘削調査が行われ、現在も付加体が形成されていることが明らかにされている。しかし、あくまでも仮説である。学生巡検では、常に事実と仮説を区別して説明するように心がけている。私が巡検で案内した若い学究の誰かが、また別の新しい仮説を提唱することを期待して

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日本の地質学者が海洋プレートの沈み込みによる付加のメカニズムで造山されたことを確信することになった理由が述べてあります。

「繰り返し堆積したと思っていた、放散虫の遺骸からなるチャートや泥岩・砂岩といった地層は、実は、薄い(数百メートル)1枚の地層に過ぎず、それが何度も断層で繰り返すことにより見かけ厚い(数千から数万メートル)地層をつくっている。そのためには、放散虫が堆積する広い海と、その地層を大陸縁まで移動させ、陸からもたらされた砂や泥と一緒に畳み込まれるように繰り返す作用、つまり地向斜造山論のように地層を上下に動かすだけではなく、側方に何百km、何千kmと移動させるような運動が必須なのである。」

薄い層でも積み上げれば厚くなることは雪かき作業でも分ることですが、雪かきをする「動力」が無ければ積み上がることはありません。



地向斜論者(Fixist)も付加体論者(Mobilist)も肝心の動力が何なのか、どうして生まれるのか、を説明できていません。

 石田理論では、動力は熔融マグマに含まれている解離ガス、つまり酸素と水素の混合ガス・「爆鳴気」の爆発力が動力だと説明しています。
 解離ガスが爆発するときに形成される「押し円錐」の軸が垂直ならば「直下型地震」になり、これが連続すれば地殻の隆起現象の原因になります。一方「押し円錐」の軸が水平ならば地殻の沈降がおこり、連続すれば大陸の海没現象にもなります。

付加体構造をaccretionary prism、またはaccretionary wedge、と呼びますが、図のような海側上がりの傾斜構造になることはありません。日本の周囲の海岸線を見ると、ほとんどは陸側で巨大な隆起現象が起きて、陸側上がりの傾斜構造になっています。


定説論者は日本列島が大陸から分離してできたと思っているようです、
だから、再び大陸と合体することを望んでいるのでしょうか?


日本の周囲の海岸線を見ると、ほとんどは陸側で巨大な隆起現象が起き、陸側上がりの傾斜構造になっています。



あくまでも仮説である。私が巡検で案内した若い学究の誰かが、また別の新しい仮説を提唱することを期待して」とありますが、巷には年老いた学究がいることも忘れないでいただきたいと思います。



  [2582] 御伽噺の創作活動が止まらない、憂慮すべき地球科学
Date: 2017-09-17 (Sun)
9月14日のJAMSTECの発表によると、カムチャッカ半島では、深発地震面(定説論者は潜り込みプレートの上面と考えている)の浅い場所(60〜80km)で火山が形成されているということです。通常は深発地震面が100〜150kmで火山フロントができるのだが、暖かい天王海山が潜り込んでいるために、浅い場所で火山が形成されているそうです。(そのほかにも化学的な成分を分析しています)

 日本付近で海山が潜りこんでいる場所もあるから、思わぬところで海底火山活動が起きる可能性があり、要注意だという報告です。

 JAMSTEC発表の図面を見ると、なじみのプレートがさらに細かく分割され、マイクロプレートの存在が事実であるかのような扱いになっています。発散領域(誕生)と収束領域(潜り込み)が何処にあるのかがはっきりしないので、ネットで探すと以下の図がありました。

In Deep(旧)太平洋プレートの緊張が高まっている
: カムチャッカ地方で記録的な数の群発地震
(2015年5月)
に載っていたカムチャッカ付近のプレート


2015年5月に発生した群発地震との関連はJAMSTECの発表では何も言及されていません。無視していいものなのでしょうか。
また、発散・収束とトランスフォームがこのような細切れ状態で形成されるものか、おおいに疑問が残ります。

 先ずはJAMSTECのプレスリリースを抜粋して紹介します。

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沈み込んだ海山が引き起こした予期せぬ火山活動

カムチャッカ半島に沈み込みつつある天皇海山列は、火山活動を停止してからの時間は長いものの、海山をとりまく周囲のプレートよりも温かいことが分かっていましたが、その沈み込みがカムチャッカ半島の火山活動にどのような影響を及ぼすかは不明でした

今回の分析等の結果により、沈み込み後に、その熱的異常及び海山変形・崩壊による割れ目の発達に伴い、ケイ素に富む流体が、通常ではマグマの生成されない比較的海溝に近い地域(前弧域)に一時的に供給されたと推定されました。また、この流体により、地下の岩石が変質作用を受け、局所的に組成が異なるマントル岩石(マグマを生んだ源岩)が溶融することで、一時的に多様で特徴的なマグマ(安山岩質でありながら高いニッケルやマグネシウムを含むマグマ)が生じたことが明らかになりました。

これは、「海山の沈み込みにより、通常ではマグマを生じない地域にも火山が形成される可能性がある」ことを意味します。日本列島においても複数の海山が沈み込んでおり、これまで海山と地震発生との関わりが指摘されていました。本研究は、沈み込んだ海山が火山活動にも影響を及ぼしうることを示しており、日本列島の変動現象を理解する上でも重要な知見です。


Cone火山群 [EC])の拡大図。
三角は個々の火山を表し、黒塗りつぶしは調査・分析した8つの火山。
これらの火山が、スラブ上面の等深線(60 km〜80 km)の上に位置することがわかる。




上図:カムチャッカ半島に沈み込む天皇海山列沿いの太平洋プレートは、周囲に比べ薄く、
更に沈み込む直前に深部からの温かいマントル上昇流(プルーム)によって加熱されていたため、
沈み込んだ後、比較的浅所(深さ60〜80q)で脱水が起こった。
下図:沈み込んだ海山が変形・崩壊し、割れ目を通してスラブ起源流体が上昇した。
このように、海山の沈み込みによる熱的・化学的影響によって、
通常は火山ができない前弧域に多様な島弧マグマが同時期に形成したと考えられる。


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地震爆発論の知見から言えば、“真っ赤なうそ”です。
その理由を述べておきます。

・ このような狭い領域での事象を取り上げて一般化するのは危険です。

・ 深発地震面は“潜り込みスラブ”ではありません。熔融マントルが対流し、その内部で解離度が変化して起きるのが深発地震です。

・ 「潜り込むプレートから脱水作用が起きてマントル物資の融解を早め、火山が形成された」、という解釈は脱水のメカニズムが説明できません。雑巾の水を絞るようなことは起こりえません。

・ 天皇海山が潜り込んでいるという証拠はありません。

・ マントルは熔融しているので、海底火山は何処にでも形成される可能性があります。有明海で“不知火の火“が見られるのも、小規模ながら海底に火山があり、可燃性のガスを噴出しているからです。([1594][2059]参照)

・ [1491][1710]では潜り込んだ海山が崩壊して、巨大地震の原因になったという“御伽噺”を紹介しましたが、“海山が潜り込んで新火山を作った”というのも“御伽噺”にすぎません。

現代の地球科学は[2059]で紹介した霊人ソクラテスの言葉にあるように

数多くの“ガラクタ”が生み出されていて、単なる思想の自由市場で淘汰を待つのみ

という状態なんでしょう。

そして、また「時々の「ブーム」というのもあり、「ブームに則ってPT論や付加体論が広がっている」という状況なんでしょう。ブームが去るまで待つしかないのかも・・・。

地球科学もブームという「夜明け前の闇」を経験しないと、「朝の光」は射して来ないのかもしれませんね。

  [2581] 恐竜が浅海層に棲息していた? なんだかおかしい!
Date: 2017-09-16 (Sat)
9月14日、三重県庁で産総研が下記の様な発表をしたと伊勢新聞が報じています。

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“恐竜化石地層”鳥羽に点在 「トバリュウ」発見の理由 産総研解明
9/15(金) 11:00配信
伊勢新聞社

 国立研究開発法人・産業技術総合研究所(産総研)は14日、三重県鳥羽市で恐竜「トバリュウ」の化石が見つかった理由を解明し、「恐竜は周辺地域にもいたと思われるが、地殻変動で地質が変化し、恐竜の化石が含まれる地層が鳥羽市の一部だけに残った」と結論付けた。化石の見つかった地層と同じ地質の地層は市内に点在しており、「同じ地層を掘ればトバリュウの新たな化石が見つかるかもしれない」と、まだ見つかっていない部位の発見の可能性を示した。

 同市安楽島町の海岸には、恐竜の存在した中生代白亜紀前期(1億4500万年―9700万年前)の地層「松尾層」が分布し、平成8年7月に恐竜の化石が見つかった。発見地にちなんで「トバリュウ」と呼ばれるが、なぜ化石があるのか解明されていなかった。

 産総研は、全国で岩石の分布や地層の年代を平面図に落とし込んだ地質図を作成している。これまで鳥羽地域の地質図は20万分の1の精度だった。研究員ら3人が5年間、約300日かけて鳥羽地域の地質を調査し、より詳細な5万分の1の地質図を作成した。

 完成した地質図から、鳥羽地域は地層が複雑に分布し、化石の見つかった地質と同じ松尾層で表面が覆われていたことが判明。地殻変動で、現在の市北西部と南東部にあたる地面が上昇し、松尾層がはがれた。化石の見つかった地域は地面の上昇が少なく、松尾層が残ったという。

 同日、県庁で記者会見した内野隆之主任研究員(44)は「恐竜(トバリュウ)はどこにでもいたが、たまたま鳥羽に化石が残った」と説明。その上で「他の松尾層を掘れば、トバリュウの新たな化石が見つかるかもしれない」と述べた。

 トバリュウは全長16―18メートル、体重31―32トンと推定される大型草食恐竜。恐竜の中で最も大型の竜脚類「ティタノサウルス」の仲間とされるが、現在のところ種の特定には至っていない。今後、新たな部位の化石が発見されれば、全容解明につながる可能性も期待されている。

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産総研のサイトには画像がありました。

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恐竜化石はなぜ鳥羽で見つかったのか?

ポイント

• 地殻変動の復元から、鳥羽で恐竜化石が発見された理由を解明

概要

 紀伊半島の東端、志摩半島に位置する鳥羽地域は、古生代〜中生代のさまざまな種類の地層・岩石が分布する日本列島でも有数の場所で、1996年には恐竜「トバリュウ」の化石が発見されたことでも知られる。しかし、これまでこの地域の詳細な地質図は作製されていなかった。

 今回、詳細な地表踏査を基に、複雑に分布する地質を把握して鳥羽地域の精緻な地質図を作製した。また、これまで時代未詳であった地層の年代を決定し、地層名の定義や、地質のまとまりである地質帯の区分と整理を行った。鳥羽地域の地質の成り立ちを解明する上で重要な地殻変動の復元を行った結果、鳥羽で恐竜化石が発見された理由や、この地域の最高峰である朝熊ヶ岳あさまがたけが形成された過程を解明できた。鳥羽図幅は、今後、学術研究に加え、防災・減災計画、都市計画、観光産業、地学教育の基礎となる重要な資料として利活用されることが期待される。


陸上に棲息した恐竜が浅海層で見つかるのは、どこかがおかしいのでは?
付加体理論に矛盾がある証拠ではないのか?


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産総研発表の図を見ると、南部には白亜紀の付加体である四万十帯が、北部にはもっと古いジュラ紀の付加体である秩父帯があり、その中間の上昇が少ない領域で鳥羽竜の化石が発見されています。

内野隆之主任研究員は「松尾層という浅海層が取り残されてたまたま化石が残った」と解説していますが、付加体理論では“潜り込み”に失敗した海底の堆積物が“剥ぎ取られ”か“底付け”作用で残ったもののはずですから、付加体から陸上生物の化石が見つかるのは当然矛盾します。
鳥羽竜はその上の松尾層から見つかっていますが、それにしてもなぜ浅海層に化石として残ったのでしょうか。水陸両用の両棲類だったのでしょうか。疑問の残るところです。

もちろん付加体理論を捨てれば何の不思議も無いことですが・・・・。
 

  [2580] 日本は大陸から分離した?そして再度元に戻る?どちらも嘘です
Date: 2017-09-15 (Fri)
「日本列島は2500万年前は大陸の一部であった」というのは[2543][2556]で紹介したNHK「列島誕生・ジオジャパン」でも放映されていた内容ですが、南栃市周辺の地質調査でも「この一帯は大陸の一部だった」ことが明らかになったということです。

 そうだとすれば、日本海の海底には引き裂かれた傷痕があるのでしょうか、付加体理論では将来大陸と合体するとも言っています。

 疑問は広がります。

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日本海形成時の地質変動の記録一南砺市周辺の地質調査

1.背景と研究目的

日本海は、日本列島がかつてユーラシア大陸の縁辺部に位置し、プレートの沈み込みに伴って大陸から分断された時に形成された特殊な海である。
日本海と同じような特徴を持つ海は縁海と呼ばれていて東南アジア周辺に多く分布している。これは一般的に大陸が割れて深い溝になった部分であると解釈されている。
しかし、プレートの沈み込みと縁海の形成がどのようなプロセスで起きているかは十分には理解されていない。縁海形成時には地球深部から大量のマグマが供給され、激しい火山活動が伴った可能性が指摘されている。
実際に、日本列島においては'三|本海側に、日本海が形成されるときに伴った大規模な火山活動の痕跡が残されており、特徴的な地質が広く分布している。
しかし、その詳細は十分に分かっていない。本研究は日本海形成時に伴う事件が記録されている地層が多く分布する南砺市周辺の地質調査を行い、地質を明らかにすることと日本海形成時の地質学的変動を議論することを目的とした。

5. 結論

・南砺市周辺の地質が明らかになった。

>この地域はかつて大陸の一部だった。
>大陸が割れるときには月長石流紋岩の火山活動を伴っていた。
>大陸が割れた後に非常に大規模な火山活動があった。
>一連の火山活動の後に断層が形成された。

日本海観音開き論

最終的にはまた大陸に合体する論

観念論的創作話に過ぎません


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アフリカ大陸と南アメリカ大陸の間には、海嶺があって引き裂かれた傷跡を見せています。日本海の海底にはそのようなものはありません。

さらに疑問は広がります。[2577]のベストアンサーにもあるように定説論者は、

日本列島は多少の増減はあっても、全体として今後も大きくなり最終的にはユーラシアと合体すると考えられています。これも大陸に付加され、大陸が大きくなることに貢献しています」

と考えています。「大陸から分離した日本列島が、最終的にはまた、大陸と合体する」・・・こんなことが本当にあると信じているのでしょうか。アフリカ大陸と南アメリカ大陸は何億年後に合体するか、というようなものでばかばかしい話です。

 Mobilistの「御伽噺創作」はそろそろ止めなければ、地球物理学は混乱するばかりです。アフリカ大陸と南アメリカ大陸の分離は特殊な例、つまり特殊解であって一般解ではありません。一般解はハプグッド教授が提示した「地殻全体のスライド」現象です。

 海洋の地殻は薄く、大陸の地殻は厚く出来ていまが、それでも100km程度のものです。その地殻の重心は回転軸の上にありますが、局所的に地殻が隆起・沈降したり、地球内部への剥離現象などが起きると、重心が変化します。変化すると回転軸も新しい重心を通るように傾きます。
 
 太陽や他の星から見ていれば、地球が姿を変えたとか、地殻がスライドした、というように見えるわけです。

 ポールシフトという言葉がオカルト用語になってしまっていますので、不信を買っていますが、地殻のスライド現象として、認識すべきです。

「日本列島の誕生」(平朝彦著)には、もっと超古代には「イザナギプレートが北上した」とか解説してありますが、モビリストの創作話です。


  [2579] 海は陸の誕生後に出来たはず、海がマグマを冷却したのではない
Date: 2017-09-15 (Fri)
[2578]で紹介したBlue Earthの記事には石田理論からは納得できない内容が他にもあります。(p.5)


 海の誕生とプレートテクトニクスの関係の記述を紹介します。地球以外の惑星には海が無いのでプレートテクトニクスが機能していないというのが定説ですが、その解釈には怪しげな論点があります。先ずはその記事を紹介します。

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 青い地球の誕生――海はプレートテクトニクスや 大陸を生み出した

海はいつ誕生したのだろうか。

 その答えを教えてくれるものとして、オーストラリアのジャックヒルズで発見された堆積岩中の鉱物粒子が注目されている。堆積岩に含まれるジルコンという鉱物粒子を調べたところ、それが形成されたのは約44億年前という結果が出た。これまでに発見された地球最古の物質である。しかし、注目されている理由は、その古さだけではない。
 
ジルコンは宝石にもなっている鉱物だ。熱や水に強いため変成を受けにくく、形成された当時の環境の情報を組成中にとどめている。ジャックヒルズで発見されたジルコンの酸素同位体比を調べたところ、海の誕生についての新事実が明らかになったのだ。同位体とは、同じ元素でも中性子の数、つまり質量数が異なるもの。自然界に安定して存在する酸素の主要な同位体には質量数16と18があり、その比率を調べることで物質が形成されたときの環境を知ることができる。ジルコンの酸素同位対比は、それが低い温度の液体の水とマグマが反応して形成されたことを物語っていた
 
44億年前より以前には地球の表面に水、つまり海があった――これが、ジャックヒルズのジルコンが提示した新事実である。


ジャックヒルズ地域の堆積岩

オーストラリア・ウェスタンオーストラリア州のジャックヒルズには、30億年前に形
成された堆積岩が露出している。この堆積岩のなかから、海の誕生時期を物語る
ジルコンが発見された。


地球が誕生した46億年前、地表には岩石が溶けたマグマが広がり、温度は千数百℃にも達していた。それが44億年前までに、海が存在できるほどに冷えていたことになる。これまでは、マグマオーシャンが広がる高温の状態が地球誕生以来約7億年間続いたと考えられていた。ジャックヒルズのジルコンは定説を覆し、地球は2億年かからずに急速に冷えたことになる。
 しかし、海は44億年前から現在まで、ずっと存在していたわけではない。地球誕生後も数億年間は微惑星の衝突が続いており、そのエネルギーを計算すると、海を一瞬にして蒸発させることが可能だ。おそらく海は幾度となく誕生と蒸発を繰り返してきたのだろう
 海の誕生により、地球は大きく変わり始める。まず海が形成されたことで地球の表面が冷やされ、かたいプレートと呼ばれる岩板となる。やがて、海嶺で生まれたプレートが移動し、海溝で沈み込むようになった。プレートテクトニクスの始まりだ。さらに、水をたくさん含んだ海洋プレートが沈み込むと、地下数十kmで溶けて花崗岩が形成され、周囲と比べて軽い花崗岩が上昇してくる。そうして大陸地殻がつくられた
 海がなかったら、プレートテクトニクスも大陸もなかったであろう。それだけではない。実は……。

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 記述内容には多くの疑問があります。


44億年前より以前には地球の表面に水、つまり海があった
とありますが、海が出来る前に陸があったはずです。海が無くても冷却された陸上でジルコンは形成された可能性があります。

海が形成されたことで地球の表面が冷やされ、かたいプレートと呼ばれる岩板となる。やがて、海嶺で生まれたプレートが移動し、海溝で沈み込むようになった

とありますが、順序が逆じゃないでしょうか?マグマに含まれている大量の水が気化し、地球を覆っていた。しかし地球表面が冷えたので水蒸気が液化し、雨となり、海が形成された、筈です。マグマ→冷却→陸地→海 の順番で出来たのではないでしょうか。プレートが移動する力は現在でも原動力が見つかっていません。



・水をたくさん含んだ海洋プレートが沈み込むと、地下数十kmで溶けて花崗岩が形成され、周囲と比べて軽い花崗岩が上昇してくる。そうして大陸地殻がつくられた

とありますが、花崗岩は大陸がさらに冷やされて、「水を含んだままのマグマがゆっくりと冷却」して出来るものです。「周囲と比べて軽い花こう岩」が上昇するという浮力のようなメカニズムは存在しません。深成岩である花こう岩が地表に出てくるのは、浮力とは関係の無い別の要因です。

地球が冷却したから、地殻ができ、海ができ、花こう岩ができた、というのが真相でしょう。花こう岩は今もヒマラヤなどの大陸の下では形成され続けているはずです。

定説論者は火星や金星には海がないからプレートテクトニクスが機能していないと解説しますが、地球だってプレートテクトニクスは機能していません。火星や金星はかつて存在した海が蒸発して無くなったということでしょう。何億年も経過したら地球も火星や金星のようになるのかもしれません。

  [2578] 全球凍結、プレート論、付加体論、マントル固体論などを廃棄しよう
Date: 2017-09-15 (Fri)
[1130]全球凍結は誤解である、や[1131]などで述べましたが、全地球が氷の世界に包まれるという話は「生物進化に係わる既存の一般常識からも首を捻るところが多い」(生物学者の言葉)ものだといえます。

6億年前に水深2,000mまで凍りついたのなら、生物は死滅してしまったはずです。その直後に地球上で「カンブリア大爆発」といわれる生物の大発生が起きたとは考えられません。

ネット上では全球が一旦凍結したら、太陽は何倍かの活動量を示さないと、解凍することができない、とか火山活動による二酸化炭素の増加で解凍される、とかの話も交わされていますが(Yahoo知恵袋)、地球が姿勢を変えたというハプグッド教授の「地殻スライド論」を認めればなんでもない地球科学史の一事象だと分ります

地球が姿勢を変えたので、極が地球上の各地に散らばっていることを“極の軌跡曲線”が教えているのではないでしょうか。([2570]など参照)

全球凍結に関してBlue Earthのp.10にJAMSTECの山口氏(?)が解説していますが、まったくの的外れです。山口氏だけではなく、学会全体の認識が間違っていますので、以下に紹介・指摘しておきます。

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白い地球の出現―大陸移動と生物が地球を凍らせた

青い地球が白い地球へと姿を変えた時期があった。大陸は赤道付近まで氷に覆われ、海も水深2,000mまで凍り付いた。このできごとは「全球凍結」と呼ばれている。しかも、それは一度ではない。6億年前と7億5,000万年前、そして約23億年前にも全球凍結が起きたと考えられている。
 全球凍結の有力な証拠は、ナミビアで見つかった。地層がむき出しになった茶色っぽい断崖に埋まっている白い石がそれだ。直径1mほどで、その存在は明らかに周りから浮いている。この白い石は、なぜここにあるのだろうか。 犯人は氷河だ。氷河は、周りの岩石を削りながらゆっくりと動いていく。削られた岩石は10mに達するものから1cmに満たないものまでさまざまだ。それらが氷河とともに運ばれていく。氷河は海に到達し、はるか沖合いまで運ばれるものもある。沖合の海底では、沿岸域の海底に比べ、とても細かい粒子が堆積する。氷河が融解することによって解放された巨石がそのような海底に沈んでいった。そうして、場違いな白い巨石は細かい粒子からなる地層に埋め込まれた。このようなものを「氷河性堆積物」と呼び、世界各地に見られる。氷河性堆積物は、かつてそこに氷河があったことを意味する。


ナミビアで発見された氷河性堆積物 
中央に見える白い岩は、氷河によって削り出されて運ばれ、土砂に埋もれたもの。
氷河性堆積物と呼ばれる。この岩石に含まれる磁気を帯びた鉱物を調べた結果、
赤道近くでできたことが分かった。地層の年代から、6億年前、赤道付近には
氷河が存在していたことになる。これは全球凍結の証拠である。
アメリカ・ハーバード大学のポール・ホフマン教授(右)の成果
(写真提供:Gabriell Walker)


全球凍結       
地球全体が氷に覆われスノーボール(雪玉)のようになっていたという説は、
1992年、アメリカ・カリフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンク教授によって提唱された。
カーシュビンク教授は、世界各地で見つかる氷河性堆
積物や、その地層のすぐ上にある炭酸塩岩やしま状鉄鉱層
など、いくつかの謎は全球凍結で説明できると考えた
(イラスト:本多冬人)


 アフリカのナミビアに氷河!?と驚くかもしれないが、プレートテクトニクスによって大陸は移動し、現在のアフリカ大陸が高緯度にあったこともあるので、それだけでは驚くに値しない。しかし、岩石に記録された地磁気の解析から、それは6億年前に赤道付近でできたことが分かった。最も暖かいはずの赤道付近に氷河があった――この事実は、地球全体が氷に覆われていたことを意味する
 
全球凍結のきっかけは、大陸の配置の変化だと考えられている。全球凍結が起きる前、大陸は一つにまとまって超大陸をつくっていた。それが、プレートテクトニクスによって大陸がばらばらになった。大陸の周りには浅瀬ができるので、大陸分裂によって光合成を行う生物たちの生息場所が増え、数が急増した。その結果、大気中の二酸化炭素が光合成に使われて減少し、温室効果が弱まり、気温が低下したのだろう。雪や氷が増えると太陽エネルギーを反射しやすくなり、地球は一気に凍り付いた。これが、全球凍結に至るシナリオだ。
 
全球凍結は数千万年も続いた。その間も火山活動は続いていたため、大気中に二酸化炭素が少しずつたまっていき、その温室効果によって気温が再び上昇し、地球は青い姿を取り戻したと考えられている。

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戦後の地球物理学を魅力のない陳腐な学問にしているのは活断層地震説やプレート論、そしてマントル固体論や付加体論などですが、地球の姿勢が「誕生以来不変である」と考えていることにも原因があります。

「地球の姿勢は不変」という縛りがあるために、ナミビアの砂漠に氷河が運んだ「迷い石」があるというだけで、“赤道付近まで氷河が発達していた”という「全球凍結」の錯覚に陥ってしまいます。また、日本にも赤道付近にしか産しない水生生物の化石があるというだけで、“海洋底が徐々に北上・移動した”とかの話になってしまいます。

 そうした御伽噺のような話を創作しないでも済むことをアインシュタインは以下のように述べたのだと思います。

「初めてハプグッド氏からの手紙を読んだとき、私は強い衝撃を感じたことも事実である。ハプグッド氏の考え方は今までにはなかった新しいもので非常に簡潔でわかりやすく、・・・・さらに実証性が高まれば・・・地球の地表の歴史に関する、他のどんな説よりも重要な説となるであろう。」([1074]参照)

南方古陸(ムー大陸)もアトランティス大陸も海底に沈んでしまっていますので、「実証性」を高めることは容易ではありませんが、南極大陸の氷床の下から古代文明の証拠が出てくれば、「地球が姿勢を変えた」ことの実証性は高まるでしょう。

 石田理論はことごとく定説を否定していますので、社会から受容されるのは相当な困難が予想されます。しかし、[2566]に書いたように「何度も押せば釣鐘のような重いものでも指で動く」の心境で、今日も定説の間違いを指摘しておきます。

ナミビアに氷河があった頃には、
今の南極大陸は赤道付近にあっただろう。



  [2577] ムー大陸やアトランティス大陸を否定する現在の地球物理学は魅力に欠ける学問になっている
Date: 2017-09-14 (Thu)
Yahoo知恵袋に、大陸規模の沈降があるのかどうかの質問がありますので、そのベストアンサーと一緒に紹介します。
何故大陸は沈まないのですか? また沈むことはあり得ますか?
losaskyさん  2009/12/2921:00:04
ベストアンサーに選ばれた回答
peronochaetaさん

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大陸は分裂することはあっても地球内部に沈むことはありません
ただし海水面が上昇して水没することは可能性としてはあります。氷河期には海水面が今より100メートル以上低下し、インドネシア、マレー半島、ボルネオ島などがつながっていて、大陸のような大きな陸地があり、まとめてスンダ大陸と呼んでいます。
温暖化で海面が上昇すれば大陸面積は減少しますが、それは海水が増えて大陸が水没するだけで、地球内部へ落ち込んで消滅することとは関係がありません。

地球ができてしばらくのあいだは大陸はありませんでした。海の中に島のような陸地があっただけです。
地球の内部でマントル対流が生じて熱が内部から放出される過程で大陸ができあがりました。マントルは固体ですが長い年月の間には流体のように移動します。地球内部から湧き上がって海嶺というとことから吹き出し、表面を動いて海溝というところで内部に沈み込みます。
マントル対流がおきると、マグマの中でも軽い物は浮き上がり重いものは沈みます。軽いマグマが冷えて固まった陸地が大陸です。つまり大陸はマントルの上に浮かんでいるような状態なので、マントル対流によって内部に沈み込むことがありません。
地球内部からどんどん軽い物が浮かび上がり大陸は大きくなっています。40億年かけて大陸は現在の大きさに成長しました。

マントル対流のわき出し口が変化すると大陸は引き裂かれ、プレートと呼ばれる破片となって漂います。大陸同士がぶつかることもあり大陸の上に大陸が乗っかることもありますが、二重になった大陸が周囲より高くなるので大山脈が形成されます。ヒマラヤ山脈はインドがユーラシアに衝突した結果できた山脈です。二重になっているだけでそのまま地球内部に沈むことはありません。

日本列島程度の島なら沈むこともありえますが、海水の増減により水没することはあっても地球内部に沈むことはありません。日本列島は多少の増減はあっても全体として今後も大きくなり最終的にユーラシアと合体すると考えらています。これも大陸に付加され、大陸が大きくなることに貢献しています。

地球内部のエネルギーが尽きず火山活動が続くと、これからも大陸は大きくなります。
ムー大陸、アトランティス大陸、レムリア大陸と沈んだ大陸の話はすべて作り話です。真面目な科学的議論として「黒潮古陸」という紀伊半島のずっと南にあったかも知れない大陸が想定された時代もありましたが現在では否定されています。

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残念ながら「黒潮古陸」も「ムー大陸」も「アトランティス大陸」も否定するのが現代の地球物理学です。

 「瓜生島沈没」も「熱海湊の海没」も作り話というのでしょうか。世界中にある海底遺跡(「海に沈んだ超古代文明」講談社クオーク編集部参照)はみんなウソッパチなんでしょうか。海水位が上下しただけなんでしょうか。

 ところで、付加体論者の平朝彦氏(JAMSTEC理事長)はクオーク編集部の取材に「火山の場合は噴火によって一瞬で数千メートルの海底に沈んでしまうことはありますね」と答えています。アトランティスの沈没を認識されているのかと思ったのですが、つづく回答を見ると違っています。

「沈むというより、山体崩壊ですね。磐梯山が爆発で崩れたように、火山島が爆発して、重力崩壊を起こすわけです。巨大な地滑りとなって、一挙に海底まで滑り落ちるんです。島一つがなくなるなんてことは、世界中でしょっちゅう起きています」

 ということですから、近くに深い海溝でもないと起こりえないことになります。
やはり、「南方古陸」やムー、アトランティスのことは想定の中には無いようです。

 しかし、瓜生島は別府湾の中で局所的に沈降していて、海溝のような深部に崩落したのではありません。現実に別府湾には大きな断層が残っています。(瓜生島沈没−日本のアトランティス物語参照)

大分県の調査では火山灰層の段差は20メートルもあることが分っています。


石田理論では水素爆発で「押し円錐の軸」が水平の場合には、地殻が沈降する場合もあることになります。爆発が何度も連続すれば、大陸規模で沈降することも不可能ではありません。


瓜生島は「押し円錐軸」が水平の解離ガス爆発がおきて沈降したと推定できる。


アトランティス否定論者だった地球物理学者のユーイングは、アゾレス海域を調査し、「これは陸地が一度に3〜4千メートルも沈下したか、それとも、海面が上昇したかのどちらかを示す驚くべき証拠だ」と述べています。(ムーとアトランティスはここにあった参照)

海面が一度に数千メートルも上昇するメカニズムは考えられませんから、瓜生島が沈降したのと同じ水素の爆発というメカニズムが働いたのでしょう。

現在の地球物理学のレベルではムー大陸はあった? いいえ。ありませんでしたとなってしまい、まことに残念です。

 本当は魅力に満ちた、面白い研究分野なのですが、真摯な姿勢で探究心に燃える学徒には「知識の押し付け」「定説による洗脳」ばかりが流行する面白みに欠けてる学問分野になっているのではないのでしょうか。

 日本は海洋国家として、アメリカ生まれのプレート論なんかに縛られないで、日本生まれの理論を使って、もっと真剣に海洋のことを調査研究する必要があります。
 
 ジーランディアを調査する日本に対して、中国はカロリン諸島を調査([2572]参照)していますが、皮肉なことですね。

ジーランディアはムー大陸の在った場所ではありません。

  [2576] 瀕死のプレート論を支えた付加体理論だが・・・
Date: 2017-09-13 (Wed)
[2575]で紹介した羽田氏の「地球科学の革命前後」には次のようなコメントがあります。

「1970年を境にして地球科学は全く異なる存在に変身した。プレート・テクトニクスと呼ばれる「新しい地球観」の登場であった。」
「1970年以前にはこれから述べる“地向斜−造山論”であったのに対して、それ以後はプレート・テクトニクスが取って変わることとなったのである。従って、プレート・テクトニクスの出現によって、当然それまでの地向斜−造山論に基づいた議論は全く意味をなさなくなった。」
「1970年にプレート・テクトニクスが確立した後も、革命的な考え方を積極的に検証し発展させるような研究へとすぐには踏み出せず、それに対する拒絶反応が根強くはびこる状況が続いたことは実に残念と言わざるを得ない。」

定説論者は泊次郎氏の「PT論拒絶と受容」にあるのと同じ姿勢でPT論の誕生を迎えておられます。

羽田氏の論文から「地向斜理論」と「PT理論」の入れ替え時期の様子を紹介します。石田理論としては、「地向斜理論」に戻れと言っているのではありません。「地震爆発論」という新しい地球変動のメカニズムを導入すべきだという意見です。

羽田氏の論文を抜粋して紹介します。

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西南日本外帯の地質と十津川流域の地質特性
波田重煕・藤田 崇

西南日本外帯、とくに四万十帯の地質
1970 年代初頭、プレートテクトニクスが地球表層のシステムを規定する基本的原理として確立するまでは、地向斜—造山論が地球の変動を説明する根本原理とみなされ、地球科学者とくに地質学者は、地向斜—造山論に基づいて論理を展開していた
地向斜—造山論が誕生したのは、北米大陸の大西洋岸に南北にのびるアパラチア変動帯(“造山帯”)である。そこでは古生代の地層が異常に厚く発達していたことから、大陸に挟まれた部分で、地殻の下方への連続的な撓曲運動に伴って10 km に及ぶ厚い浅海堆積層(海のことがよく分かっていなかった時代には、砂のような粗粒の堆積物は浅海でしか堆積しないと考えられていたが、現在では乱泥流によって粗粒砕屑物も深海に持ち込まれることが明らかとなっている)の形成が続き、やがて最も物理的に不安定となる中央部を中心にして、著しい火成活動(花崗岩の貫入など)や変成作用が進行して、“造山帯”が形成されるとみなされた(第1図)。地球表面を物質が大規模に水平移動しているなどとは誰も考えていなくて、そこにある物質は基本的にはその場所で形成されたとみなされていた時代には、当然の考え方であったといえる。



第1図 地向斜—造山論を説明する模式図


したがって、西南日本外帯の地質も1980 年代に入る頃までは地向斜—造山論の考え方を枠組みに説明されていた。すなわち、主に石灰岩から産する紡錘虫化石の年代に基づいて秩父累帯に分布する地層は‘秩父古生層’と呼ばれ、古生代から中生代にかけて存在した‘秩父地向斜’において形成され、そこは古生代末から中生代初頭に及んだ‘本州変動’によって次第に陸化したと説明された。かわって、中生代中頃からその南側(太平洋側)に形成されたのが‘四万十地向斜’ で、そこで四万十超層群と呼ばれる厚い地層が形成されたと説明された。第2図および3図に、1970 年代における四万十地向斜の発展と四万十超層群の形成を、地向斜—造山論の枠組みで説明している例を示した。当時四万十帯からは、アンモナイトや貝化石等の大型化石がごく稀にみつかるだけで、広大な地域の地層の年代を議論することは難しく、‘未詳中生界’と総称されていた。そのような砂岩層に四万十帯の第2図 紀伊半島における四万十地向斜の発展を示す模式図(紀州四万十団体研究グループ、1975)(K は黒潮古陸)

南側、すなわち、海側から堆積物が供給されたことを示す‘底痕’が各地で確認されたことと、中国や朝鮮半島のような大規模な大陸地域の先カンブリア系に特徴的で、日本の地層には存在しないオーソコォーツァイトの礫が多量に四万十帯から発見されたという二つの事柄に基づいて、四万十地向斜の北側だけでなく、南側にも物質を供給した大規模な陸地が存在したとみなされ、その‘南方陸地’は「黒潮古陸」と称された

ところが、地向斜のように浅海条件を保ちながら徐々に沈降して1万メートルを越える地層を形成している地球規模の堆積盆は現在の地球上のどこにも存在しないことから、地向斜とはどのような場所なのかということが常に議論の的となっていた。



第3図 四万十超層群を形成した四万十地向斜の復元の例(Tateishi、 1978)


地球科学者は、1950 年代に入るまでの長い間、地球を理解するためにひたすら「大陸」の研究を続けてきた。当時は、何千メートルもの海水で被われた「海」の底のことを知ることはほとんど不可能であったからである。ところが、科学技術が進歩したことによって、海水に被われた海洋底の研究が可能となった途端に、プレートテクトニクスが登場して地球科学は一変した。地球表面積の1/3 程度しか占めていない陸地に住んで「動かざること大地のごとし」などと言っていたら、残り2/3 を占める海洋底のことがわかってみると、実は海洋底の岩盤は常に移動しながら新しいものに更新されていて、大陸は海洋底の岩盤のベルトコンベヤーに乗って移動している、ということになったのである。

プレートテクトニクスの登場によって、それまでの学問体系が根底から覆されて地球科学は一変した。その結果、例えば、地層の形成過程に関する問題も真に現在の地球上で進行しつつある物理・化学的過程の枠組みの中で議論できるようになった。一方大層重要なのは、時期を同じくして、それまで示準化石としてはあまり有効とはみなされていなかったコノドント化石やとくに放散虫化石といった微化石の層序学が急速に進展し(微化石層序学の確立も、海洋底の研究が可能になったことに大きく依存している)、また、そのような化石は大型化石を含まないような種々の岩相の岩石から抽出されるようになった結果、地層の年代論も一変し、例えば‘未詳’とされていた四万十超層群の年代論も画期的に進歩することとなった。

その結果、四万十帯の形成・発展に関する議論も飛躍的に進歩した。四万十帯は、日本列島における最も主要な地質区の一つで、最も太平洋側に位置する。東は房総半島から関東山地に始まり、西南日本外帯に沿い、南西諸島まで分布している。その総延長は走向方向に約1800 km に達する(第4図)。

四万十帯はその名のごとく四国の四万十川流域を模式地としており、岩相層序区分上の単元では、四万十超層群(Shimanto Supergroup)によって構成される。
それはさらに、白亜紀層の部分を下部四万十超層群(Lower Shimanto Supergroup)、



第4図 四万十帯の分布略図(平ほか、 1980)


第三紀層の部分を上部四万十超層群(Upper Shimanto Supergroup)に区分することがある。四万十帯は、仏像構造線を介して秩父累帯の南側に拡がる地帯で、紀伊半島では北より日高川帯、音無川帯、牟婁帯の3帯に区分されている。

紀伊半島西部では秩父累帯が欠如する部分があり、そこでは四万十帯と三波川帯が仏像構造線に相当する有田側構造線で直接している。
さらにその東側では三波川帯も欠如することから、四万十帯は中央構造線を介して領家帯と直接することになる。さらに東部の紀伊半島中央部では、秩父累帯三宝山帯の地質体が四万十帯を低角度の断層関係で構造的に被覆することから、四万十帯の地層はクリッペ状の三宝山帯の地層を取り巻くように、北西側から南西側、そして南側へと分布する。また、紀伊半島の四万十帯では、部分的に新第三紀層である田辺層群や熊野層群、ないし、さらに若い海岸段丘層が基盤の四万十超層群を不整合に被覆している。

島南半部の広い地域を占めて分布するのは四万十超層群で、プレートテクトニクスの登場によって、それは「付加体」と呼ばれる海洋プレートの沈み込みに伴って形成された地層であることが判明した
四万十帯の付加体を構成する地層は、岩相の上から大きく、粗粒砕屑岩相とメランジュ(混在岩)相の二つに分けられる。粗粒砕屑岩相は、四万十帯の広い部分を占める付加体で、様々の量比で互層する砂岩と泥岩(タービダイト)で構成される。

このような四万十帯の付加体がどのようにして形成されたかは、現在付加過程が進行中の南海トラフの状況も参考にして、次のように考えられている。

海嶺で誕生し、海溝に向かって移動してきた海洋プレートの最上位に最後に堆積するのは、海溝を充填する粗粒砕屑物からなるタービダイト層である。海洋プレートは最終的に海溝で沈み込むが、その海洋プレートに水平方向の圧縮力が作用することによって、タービダイトの中に陸側に傾く衝上断層が段階的に発達して、タービダイトは海洋プレートから順次はぎ取られる


第8図 付加作用における「はぎ取り作用」と「底付け作用」


結果として、タービダイト層は覆瓦スラストを形成しながら、海溝内側斜面基部に順次付加することになる。これが粗粒砕屑岩相の付加体である。その結果、衝上断層で断たれたタービダイト層より下位の半〜遠洋性堆積物(泥岩・多色頁岩・チャート・石灰岩など)と海洋プレートそのものはより深い部分に沈み込むことになる。その過程で進行するさらなる短縮運動や陸側と海側のプレートの境界で進行する剪断運動によって、ついには、沈み込む海洋プレート自体も破壊されるようになり、海洋プレートから枕状溶岩より上位の海洋プレート物質が分離し、陸側プレートに「はぎ取り作用」と「底付け作用」p1ating)」と呼ばれる過程によって付加することになる。このようにして形成されたのがメランジュ相の付加体である。これら付加体が形成されることによって発達していく海溝内側斜面では、短縮運動に伴ってその後も逆断層運動が進行し、凹凸に富んだ地形が形成される。

 そのようにして形成される付加体基盤上の斜面海盆あるいは海段とよばれる部分に、陸側から乱泥流などによってもたらされる砕屑物が堆積する。このようにして形成されたのが、整然層である前弧海盆堆積層である。ただし、そのような堆積場は造構的に不安定であることから、前弧海盆堆積層にはしばしば海底地すべり堆積層が伴われる。

(十津川流域の地質特性は省略)


このようなプレートテクトニクスに基づく考え方に従って、白亜紀における四万十帯付加体の形成と当時の造構環境を示した模式図が第10図である(平、 1990)。


第10図 白亜紀における四万十帯付加体の形成と当時の造構環境(平, 1990)(平、 1990)


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プレート論には多くの矛盾があって、崩壊しそうになっていたものを、立ち直らせたのが「付加体理論」なのだと思っています。

しかし付加体理論の論拠となる海側上がりという地層は現地では少数派で、第8図のような海側上がりになってはいません。海側上がりになる場所は褶曲作用が激しかった特別な場所に限られています。


第39回 教育映画祭入賞作品である
日本列島誕生に出てくる四万十帯の地層(3:30あたりから)
は特殊なケースにしか過ぎない。


[2477]などで述べたように、太平洋側も日本海側も、ほとんどの現場では「陸側上がり」つまり、日本列島の中央部で地盤が火山活動で吹き上がったような傾斜構造になっているのが現実です。
 
 


太平洋側も日本海側もほとんどが陸側上がりの傾斜地層になっている。


そもそも、「はぎ取り作用」と「底付け作用」というような「都合の良い」二つのメカニズムがあるとは思えません。おとぎ話を机上で書いているようなものでしょう。


プレート論自体は[2466]で紹介した藤田先生が述べていたように、「親亀こけたら皆こける」ような理論で、海洋底拡大説がこけた時点で、「体系的廃棄」しなければいけなかった理論だと思っています。それを、「付加体理論」でなんとなく老体を支えて今日まで命を繋いできているという感じです。

[2507]で紹介した芝崎美世子氏が「松田時彦(1992)や泊次郎(2008)らが取りあげた「プレート語」には、社会統計学的に見ると思い込みや誤りと言えるものが含まれている。」と記している様に、冷静な視点もあります。

私にはプレート論はどこかの組織のリーダーが「何時倒れるのだろ、ホントウはもう死んでいるのではないかと」と世間で噂になっているような状態なのではないかと見えます。

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