新・地震学セミナーからの学び
62 マグマ貫入理論の変遷




「地震のはなし」浜野一彦著(鹿島出版会)1986より抜粋


地震の原因(1)

 古いところでは紀元前三八四〜三二二年のアリストテレスの地、水、火、風の結合があるが、近代地震学としては東大教授小藤文次郎の″断層地震説″ が最初である。明治二十四年の濃尾大地震の根尾谷断層がこの原因説を実証することになり、世界的にも高く評価された。

  その後は必ずしも大地震に際して断層が発見されるとは限らず、とくに大正十二年の関東大地震を契機として、ジウスに始まった″断層地震説″は批判され、フンボルトの″岩しょう地震説″が注目されることになった。

  第二代地震研究所長の石本巳四雄は″岩しょう流動説″を提唱した。石本の説は地震波の性質と岩しょうの貫入との関係を無理なく説明した。正にすべての地震は岩しょう流動説によって説明されるかに見えたが、これものちに例外の存在(註1)が判明した。

  その後、昭和十五年石本巳四雄がこの世を去って以来、地震原因論の混沌時代が続いた。

  昭和二十年太平洋戦争が終って地震学が近代化され、ウェゲナーの大陸漂移説の見直しとともに、プートテクトニックスが地震学の主流を占め、“断層地震論”が再び脚光を浴びることになった。

  最近、電波研究所の観測でハワイ諸島と日本列島とが一年四センチの速さで近づきつつある、という発表とか、日本海溝の最深部で地震が起こっていないという観測結果の発表があったりして、プレートテクトニックスの矛盾がそろそろ出てきたと思うが、それはそれ、辻褄合わせがされているようである。

地震の原因(2)

明治二十四年、濃尾地震の調査を終えた東大教授、小藤文次郎は、地震の原因を断層説にとり、ここにこの説が確定したと感じた。震源地で、落差五メートルにも及ぶ根尾谷断層の崖をみて、彼がそう感じたのは無理からぬことであった。

 小藤の論文は世界中にひろがり、世界中が彼の説を支持した。
 しかし、その後の地震が必ずしも断層を伴うとは限っていなかった。関東大地震では、目に見えるところに大断層はなかった。これに対して、地震研究所の所長でその後京都大学に移った石本已四雄は、地震の原因をマグマ説にとって、マグマの移動が地震をひき起こすという考えを発表した。
 観測結果から発震機構を示すモデルを考案し、あらゆる地震をこのモデルに適合させ、彼の地震発震機構はここにきわまったか、と考えられた。
 しかし、深さ七〇〇キロにも及ぶ深発地震が観測されるに及び、この発震機構もまた適合しなくなり(註2)、地震原因説には一時、定説がなくなってしまった。

 こうしたなかで台頭したのが、プレートテクトニックス(海底拡大説)である。
 これとても、新しい説ではない。ウェゲナーの大陸漂移説に始まったこの説は、数十年を経てここに全盛となった。地球内部で起きる熱対流が海洋でわき上がり、海洋を水平に動いて、大陸では下にもぐり込んで深部に降下する。このように回転する対流の力が陸地に断層をつくり、地震が発生する。

 この説も、対流のところをはずして断層と地震の関係だけをとり上げれば、小藤の断層説と同じことになる。

 歴史とともに学説もくり返す。小藤の時代の断層の原因は地球収縮説であった。熱い地球がだんだん冷えて縮むときに断層ができると考えたが、これが対流説と入れ替っただけである。よくみれば似たようなものである。

 いずれ、そのうち消えるさ・・・と、口の悪いことを言う奴がいる。地震の原動力がはっきりせぬようでは、予知への道はやっぱり遠い。


「地震学百年」萩原尊禮著(東京大学出版会)1982より抜粋


地震の原因諸説

 一九〇六年カリフォルニア州に大地震が起こって、太平洋岸に沿った陸地に、延長四〇〇キロメートルに及ぶ大断層が現われ、断層を境にして両側の土地が、大きい所では六メートルも水平に食いちがった。有名なサンアンドレアス地震断層である。まだこの時代のカリフォルニア州には、ハミルトン山とバークレーの二ヶ所にしか地震計が置かれていなかったから、地震の観測をもとにした議論ができる段階ではなかった。しかし、この地震の起こる以前にこの地域の一等三角測量が完了していた。地震後測量をやりなおしてみると、三角点の水平移動量は断層付近でいちばん大きく、断層から遠去かるにしたがい小さくなり、八キロメートルも離れると、ほとんど移動量は認められないことがわかった。アメリカのジョーンズ・ホプキンス大学のH・F・リードは、このことを説明するために「弾性反発説」を提唱した。長年にわたりゆっくりと地殻に変形が加えられ、その変形がある極限に達すると、割れ目(断層)ができて、今まで変形されていた地殻は自分の弾性で一気に元の状態にはねかえる。このとき地震が起こるというのである。このリードの説は、その後長い間世界中の学者に支持されてきたし、今日でも大筋において生きている。

 ところが、一九二〇年代に入って、深い地震の存在が発見されるようになってから、この弾性反発説に疑問を持つ人が出てきた。地表から数十キロメートル以上深い所の圧力と温度では、岩石は塑性を呈し、ゆっくり加わる力に対しては弾性を失うから、弾性反発説のいうような弾性ひずみが蓄積されるとは考えられなかった。

 京都帝国大学の志田順は、深い地震の発生については、浅い地震とは別の機構を考える必要があろうと述べている。志田は、地震の初動の押し引き分布が象限型になることを最初に発見した人であるが、このような象限型初動分布を与える地震発生の機構としては、二つの鉛直平面が急激に遠去かる運動を考えた。志田ははっきりとはいっていないが、地下の岩漿(マグマ)の作用を考えていたようにも思われる。これに対し地震は岩漿の貫入によって起こるという説を勇ましく打ち出しだのが地震研究所の石本已四雄であった。今日ではこの岩漿貫入説は遠い昔の物語となりつつあるが、昭和の初期にあっては、石本の激しい論法は少なくも日本の地震学界に一大旋風を巻き起こしたものである。

 石本は地殻の岩石は粘弾性体であって、ゆっくりと加わる力に対しては弾性ひずみを蓄積することはできないという理由で、弾性反発説を真っ向から否定した。ちょうどこの頃、昭和六年六月飛騨高山付近に起こった深い地震の初動の押し引きの分布が双曲線で境されることが、神戸海洋気象台の棚橋嘉市によって報告された。石本はこれにヒントを得て、円錐型発震機構を提案した。つまり、震源を頂点とする円錐を考えたとき、円錐の内部で初動が押し、外側で初動が引きとなる。そして、円錐の軸の傾き方によって、地表における初動分布の境界は、双曲線ともなり楕円ともなる。

四象限型は震源が浅く、円錐の軸が水平なときに現われるスペシャル・ケースに過ぎない。石本はこの円錐型発震機構こそ岩漿貫入を示すものとした。石本によれば、地殻内の各所に岩漿溜が存在し、ある時期にそれが急激な運動を行なって貫入の生成が行なわれることは地質学的研究によって明らかであり、この岩漿の貫入が地震を発生させるのであって、地震に伴って地表に現われる断層や隆起・沈降は震源において岩漿の流動が行なわれた結果生ずる二次的現象に過ぎないのである。

石本の岩漿貫入説は、本人もいっていたように、京都帝国大学地質学教授小川琢治の著書『地質現象の新解釈』(昭和四年刊行)の影響を大いに受けている。この書物には地質現象の研究には地殻深所における深成岩噴出作用つまり岩漿運動の研究が重要であることが強調されている。一方、小川は、志田の象限型地震初動分布の研究に感銘を受け、岩漿の注入により岩石が裂けることが地震を発生させると考えた。

 岩漿貫入説には反対の学者も多かった。特に中央気象台の研究者の多くは象限型の初動分布を支持し、岩漿貫入説にはきわめて冷淡であった。また象限型分布についても、志田の解釈とはちがって、大正十一年(一九二二)中村左衛門太郎(当時中央気象台地震掛長)が示したように、節面(nodalplane)の一つに沿い両側の地殻が相対的にすべるように動くために地震を生ずると考えた。

 その後、中央気象台の地震観測網が整備され研究が進むにつれ、また円錐型主唱者たる石本の急逝もあって円錐型は次第に影が薄くなっていった。

 一方、この初動分布の研究は、外国の地震学者の関心を呼ぶことになったが、一九三八年、バークレーにあるカリフォルニア大学の地震学教授ペリー・バイヤリー(一八九七〜一九七八)は、はじめて全世界の観測資料を使って、震源を中心とする球面上で初動の押し引きがどのように分布するかを表現するステレオグラフィック投影法を考案した。

外国では、地震は断層で起こるものとはじめから割り切っていたから、初動分布は象限型になるものとしてその節面を求めることを考えている(現在はこの方法に代わって本多弘吉が用いた等積投影法が一般に用いられている)。

 戦後になって、初動分布の研究は、本多弘吉(中央気象台から東北大学教授、東京大学教授を歴任)、カナダのJ・H・ホジソン(オタワの国立研究所長)などにより綿密に行なわれた。日本の観測だけからでは、象限型か円錐型かはっきり判別するのはむずかしかったが、次第に整った世界観測網による十分な資料のある地震についてはすべて象限型で説明がつくようになった。(註3)



「地震の科学」笠原慶一著(恒星社)1959より抜粋



第45図は天竜川附近に地震が起きたときの、各観測所における初動の押し引きの分布です。押しの初動を記録したところもあれば、引きの初動を記録したところもありますが、それらが規則正しく分布していることに注意して下さい。図のように二本の線を引くと、押し又は引きだけの地域に区分けすることができます。この驚くべき事実は、今からおよそ30年前志田博士によって発見され、当時の地震学界に大きな波紋をまき起しました。

 この種の研究を行うには、震央のまわりに多数の地震計が配置されていることが必要です。その点、わが国は条件に恵まれておりますので、初動の押し引き分布の研究に大きな貢献をしました。上の例のような場合は四象限型の分布と呼ばれ、その後の観測によっても多くの実例が得られています。一体このような現象はどうして起きるのでしょうか。

 まず考えやすいのは、第46図(a)のような場合です。震源に一組の引張りの力(黒い矢印)と一組の押し合いの力(白い矢印)とが図のように同時に作用したと考えると、四象限型の分布が説明できます。それから(b)のように二組の辷りの力(剪断力)が同時に作用しても結果は同じです。どうしたらこのような震源力が起きるかは後の章にゆずりますが、とにかくこのようにして地震の機構に関する知識が一歩進んだことになります。その後初動の研究が進むにつれて、四象限型ではどうしても説明できない場合もあることが発見されました。


第47図はその例で、図に示すような曲線を考えると初動が押しであった地域と引きであった地域がうまく区分けされます。(a)を双曲線型、(b)を楕円型の分布と呼ぶことにします。つまり一口にいえば、初動の押し引き分布といいますが、それに三種類の型式があることになりました。どうしたらこれらの型式を統一して説明できるか研究した末に、次のような考えが提出されました。


つまり、震源を中心にもつある大きさの球面を仮定し、その面上に作用する力が第48図(a)のようなものであるとします。そこから射出される地震波は円錐面の内部で押し波になり、それ以外では引き波になるはずです。この結果地表で観測される押し引き分布は、円錐の中心軸が地表に対してひどく傾いていれば楕円型となり(第49図(a))、水平ならば双曲線型になります(b)。軸が水平でしかも震源が地表近くにあれば四象限型になることも容易に想像されます。このようにして、いろいろな押し引き分布の型が第48図(a)の立場から一つにまとめられたわけですが、深発地震などの場合、むしろ同図(b)のような分布の方が適当しているものが少くありません。(註2)どうして、ある地震の場合は(a)になり別の地震で(b)になるのか判りませんが、近い将来にぜひはっきりさせたいものです。

岩漿貫入説


弾性反撥説の着想が、大地震の測地学的な特徴(断層とか三角点の移動等)に基づいているのに対して、岩漿貫入説は地震初動の押し引き分布からヒントを得たものと云うことができましょう。

 この学説はその名の示す通り、地下のある部分に岩漿の溜りがあるという仮定の上に立てられています。岩漿には相当量の水や炭酸ガスその他のガス成分が含まれていますが、温度が低下すると鉱物成分が析出し始めるために余分なガス成分は分離するようになります。この分離作用がきわめて急激に行われると岩漿溜りの圧力は大幅に増大し、遂にはまわりの岩石の弱いところを破って岩漿を突入(貫入)させることになります。その結果として突入の方向に押し波が射出され、一方岩漿溜りの内部は圧力が急に減りますから横方向には図のような引き波が現われることが想像されます。こういう立場から第74図(99頁参照)のような震源力の型が説明でぎるのではないかというのが石本博士の岩漿貫入説です。従ってこの学説では、地殻変動は岩漿の運動によって二次的に起きる現象と考えられています。


 地質構造を調べて見ると、第75図のように、ある岩磐の中に別の種類の岩が貫入している例がありますから、岩漿貫入説にも一理あります。しかしこのような岩漿運動が、大地震の原因として受け入れられるためには、大地震のエネルギーや震源の大きさに関する私たちの知識(第6章参照)に矛盾しないことが必要です。これらの点に関する定量的な裏付けは、まだ岩漿貫入説に与えられておらず、この辺に疑問が残されているわけです。

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註1: 解離ガスの爆発情況によっては、押し円錐的な爆発にならないケースも当然考えられます。その一例として考察したのが、セミナー[1333]に紹介した押しと引きが逆転する「引き円錐」のケースです。
解離ガスが貯留するマグマ溜りの形状によって、爆発のバリエーションは幾通りもあると考えられます。

註2: 深発地震では押し円錐型よりも、象限型分布が多く見られるという理由に関しては、ニューオフィス48に解説してあります。
深発地震の起きる原因が定説では物質の相転移による体積の急激な減少であるとされていますが、そのような現象で衝撃的な地震が発生するとは思えません。[1359]で述べたように、熔融しているマントルの対流によって、水の解離度が変化するために起きる爆発であると考える方が合理的であります。地殻内部で起きる浅い地震と違って、熔融マントル内での爆発ですから、解離ガスの貯留状態がマグマ溜りの形状に左右される浅い地震とは違うのだと推定されます。

註3: 全ての地震が象限型で表示できるということですが、直交する二つの節面のどちらが断層面なのかは分からない・・・という物理現象としては曖昧な世界に導入されてしまいました。基本的には押し円錐になるが、ガス溜りの形状によっては爆発が円錐状にはならないケースもある、と云う解釈の方が物理的イメージが明確であるのは確かです。