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2511
Date: 2017-05-31 (Wed)
研究者も骨抜きの時代なのか
付加体論について、分り易くまとめた小出良幸氏の抄録がありました。その抄録の「まえがき」を紹介します。

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島弧における付加体の形成と擾乱機構について より

「沈み込み帯はプレートが収斂するところなので、常に圧縮の力がかかる場となる。付加作用は継続する圧縮応力場で起こる。圧縮場の特性に応じた付加体固有の造構作用あるいは擾乱作用が 働くことになる。このような付加体固有の作用を理解することは、沈み込み帯における地質現象 解明に直結する。  

 付加体が継続的に形成されれば、すでにできていた古い付加体は陸側に押しやられる。

日本列島には、古い時代の付加体が帯状配列していることが知られている。沈み込みが継続し付加体が増えると島弧が成熟していき、やがては大きく厚い地殻へと成長していくことになる。島弧には火成作用も起こり、大陸地殻の形成場という位置づけもなされ、大陸の起源を解明できる場となる。  日本列島は、さまざまな時代の付加体が形成され続けてきた場で、現在も形成中の付加体がある。日本は付加体の研究において地の利を得ていて、研究者も多く、世界的にも最先端の研究がなされている。」

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 プレートは自重で沈降するはずなのに、「常に圧縮の力がかかる場となる。付加作用は継続する圧縮応力場で起こる。」という認識は“流行の話を鵜呑み”にしておられるのじゃないのかと疑います。よく考えないで、「偉い人が言うことだから間違いない」では研究者としては失格になると思うのですが・・・・。

 そういえば、島崎邦彦氏の後任に選ばれた原子力規制委員会の石渡明氏の「プレートテクトニクスの受容と拒絶」の紹介文があります。地団研活動を担ってこられたそうで、どのようなコメントが聞かれるのかと興味を持って読んだのですが、学生時代からプレート論を受容してきた世代だそうで、「骨がないのか」とがっかりしました。([2497]では横井氏が黒潮古陸説を捨てた恩師を「以外に根性がない」と表現)  

でも、骨があったら生活ができない世相でもあるんでしょうね。抜粋して紹介します。

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「プレートテクトニクスの拒絶と受容(紹介文)石渡 明より

「地団研の活動に長年参加してきて北陸支部長を務めたこともあり、しかし一方では学生時代からプレートテクトニクスの枠組みを「受容」した研究をしてきたため、この本が研究対象としている地学関係者の末席を汚してきたしてきたわけで、その意味で私はこの紹介文を「当事者」の感慨抜きに書くことはできない。

 本書では全く触れられていないが、私が1980年にオフィオライト会議参加のためイタリアを訪れた時に見聞したところでは、その頃のイタリアにも地団研によく似た性格の地質学者集団があったようで、同じ第2次世界大戦の敗戦国で、国内資源に乏しく、戦後の一時期に左翼が優勢で、ドイツのように分断国家にはならなかった等の点で日本と社会状況が似ており、本書で触れられているロシアや中国よりは、イタリアの方がこの種の比較研究に適しているかもしれない。ただし、イタリアでプレートテクトニクスの受容が遅れたという話は聞かない。

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以上が石渡氏の紹介文抜粋です。
 固体力学と流体力学をごっちゃ混ぜにしたようなプレートテクトニクス理論なるものを信じられる理系頭脳というものが私には信じ難いのです。

以前はよく、「レオロジーも知らないのか」という声がありました。しかし、「固体だけれども、長い目で見れば液体のように振舞う」という使い方は違っています。「液体だけれども、短周期の現象には固体のように振舞う」というのが正しい使い方です。

 アイソスタシーとか、サブダクションというのは力学を無視した、妖術のようなものです。そんな気にさせられてしまっています。

「歪みが再配分され地震が起きている・・・」という話もそうですが、「地球物理関係」の話には、力学無視、力学音痴の話題が多すぎます。  

 老人の愚痴だと思っている人も多いのかもしれませんが、年金生活に入った人生だから「誰にも遠慮せずに、言いたいことが言える」有難い時間を貰っているのだと思います。

 地震学や地質学の「地球物理学の世界」に知人がいないのも、考えたら有難いことです。

2512 
Date: 2017-05-31 (Wed)
単純すぎる「空想理論」では実際の地層を説明できない
四国西予ジオマップに「西予市はその昔、海の底だった」という解説があり、「日本列島の誕生」にある図面([2492]参照)と同じものが載っていました。

しかし、西予ジオパークの須崎海岸には次のような岩場が数多く存在します。

 黒瀬川構造帯という地層だそうですが、とてもこのような単純な付加体理論で説明できるようなものではありません。

海底火山の爆裂による捲れ上がりのような地殻変動を何回も繰り返してきたのではないでしょうか。

 単純すぎる「空想理論」を一般大衆に押し付けるのはどうかと思います。

2513
Date: 2017-06-02 (Fri)
付加体理論から導かれる「海洋層序」という概念は成立しない
ベロウソフ教授らの解釈では海洋プレートと大陸プレートの層序が特別に違うということはありません。違うのは厚さだけです。  

教授は「大陸と海洋は地質構造上同じであり、構造帯を大陸から海洋まで追跡できる」と述べています。(構造地質学Vol.3 p.280 築地書館)

 ところが通説では「海洋プレート層序」という用語が特別にあって、次のような解説がなされています。


海洋プレートの移動という概念に間違いがある

海洋プレート層序
oceanic plate stratigraphy

解説

付加体は単純な岩相層序 (海洋プレート層序:海洋プレートが海溝に達するまでの地史的過程で形成) を持つ。 すなわち、一般に玄武岩や石灰岩が最も古く、チャートが次に古く、珪質泥岩が続き、砂岩・泥岩が一番若い。 海洋プレート層序は、はぎ取り付加作用や底づけ付加作用によって付加体の中に取り込まれてゆく。

「海洋層序の形成」という次のような解説もあります。

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[海洋層序の形成]  
海洋プレートが海嶺で生まれたとき、そこは海のど真ん中ですから、砂や泥は海底には堆積しません。そこでは海洋プレート上にプランクトンだけが降り積もり、チャートとなります。何千万年も経過すると、やがて海洋プレートは海溝に近づきます。すると大陸から流れてきた泥がチャートの上に積もり始めます。その後プレートが海溝に到達(さらに陸に近づく)すると、砂も堆積します。このようにして、海の地層は「玄武岩→チャート→泥→砂」という順番に積み重なっていくのです。もし南洋の海洋プレートに島があった場合は、サンゴ礁ができ、それが石灰岩となってはさまることもあります。

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この解釈は付加体理論から導かれるものですが、海洋底が過去に陸上にあったことを否定するものです。(無機質のチャートが存在することも説明できません。チャートは放散虫の化石などを含む場合もありますが、本来は無機質で極細粒の粘土です。)

しかし、現実には、海洋底は浮上してどの大陸上にも岩塩鉱や塩湖を見ることができます。チベットはかつて海の底でしたし、日本も海の底にあった時代があるはずです。福井もそうだったと、博物館のサイトに載っています。

 ということは、かつて大陸だった場所も今は海底に没している事もあると言うことを意味しています。黒潮古陸もなかったとはいえません。何度も浮沈を繰り返しているのです。

太平洋や大西洋、インド洋の海底も、かつては大陸を形成していた時代もあるはずです。だから、不整合が生まれますし、グランドキャニオンのように少なくとも3回の浮沈を示す場所も在るのです。

付加体理論から導かれる「海洋プレート層序」という単純な概念は成立しません

[1386][1539]に紹介しましたが、太平洋プレートが誕生したばかりだというエルターニン断裂帯(ヒーゼン断裂)には、明らかに地層が見えています。
ベロウソフ教授が言うように「大陸と海洋は地質構造は同じである」ことを物語っています。

海洋の地層は別の地質構造を持っているという解釈は間違っています。

エルターニン断裂の地層を再掲します。陸上の地層とまったく変わりがありません。

2514
Date: 2017-06-04 (Sun)
水平移動論者の壮大すぎる造山論、もう一度垂直移動派に戻ろう
ベロウソフ教授と同じ垂直移動派・fixistだった藤田至則先生の『日本列島の成立』に対する書評を岩松 暉氏が書いています。

 「(今や)ポスト・プレートテクトニクスすらささやかれている。こうしたとき本書が刊行されたことは大変時宜を得たことだと思う」

 とありますが、世の中は水平移動派・mobilist(horizontalist)一色になっている観があり、さらに妄想が広がっています。

 いま必要なのはハプグッド教授の「地殻の滑動説」、つまり第2地動説の採用です。

 書評を抜粋して紹介します。

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[書評] 藤田至則著 『日本列島の成立[新版]環太平洋変動』著 (評者:岩松 暉)

 かつてhorizontalist(mobilist)verticalist(fixist)との激しい論争があった。ちょうど20年ほど前のことである。
 若い人のために解説しておくと、前者はカナダのTuzo WILSONを旗手とした主として西欧の人たちであり、構造運動は基本的に水平移動だとするするもので、マントル対流説・大洋底拡大説に始まり、プレートテクトニクスを生んだ。
 後者は、垂直方向のブロック運動を基本と考えるV. V.BELOUSSOVを中心としたソ連圏の人たちである。  

 著者(藤田)はわが国における後者の学派の代表格であった。グリンタフ地域に見られる陥没盆地の地質を克明に調べ、垂直昇降説に基づく造山論を提唱した。その成果が旧著に集大成されている。1973年のことであった。今回の新版は、著者の新潟大学定年退官に当たって全面的に書き下ろした改訂版である。しかし、旧著の副題にあった「グリンタフ造山運動」の文言が消えて「環太平洋変動」に変わっていることが示すように、新第三紀以降の日本列島における構造運動にとどまらず、垂直昇降による地向斜〜造山運動の一般論を展開している。  

 現在、プレートテクトニクスも行き着くところまで行き着いて見直し期にさしかかり、ポストプレートテクトニクスすらささやかれている。こうしたとき本書が刊行されたことは大変時宜を得たことだと思う。ウェゲナーの大陸漂移説の劇的な復活を思えば、本書の批判的検討からいろいろな意味で有益な示唆が得られるに違いない。ブロックテクトニクスに馴染みのない若い方はもとより、旧版の読者にも一読をお薦めする。

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 ポスト・プレートテクトニクスの時代だというのに、水平移動派horizontalist(mobilist)以外の姿はまったく見えません。垂直移動派(fixist)が見当たらないのは、どうしてなのでしょうか?

 原因は、赤道近辺にしか生息しなかった水生生物の化石が、「放散虫革命」によって、世界中で発見されているということにあります。プレートが水平移動したに違いないという結論に結びついているからでしょう。そうでないと、アンモナイトやサンゴなどの化石を説明できないことが垂直移動派verticalist(fixist)の決定的な弱点になっているように思います。

しかし、[2439]第2地動説のすすめ、第2ルネッサンスを推進しようでも提案したように、ハプグッド教授の「地殻滑動」の概念を導入すれば、垂直移動派verticalist(fixist)の弱点は克服できます。

海底に記録された古地磁気の逆転現象を正しく解釈して、「地殻の滑動」を受け入れるべきべきです

。 そうしないと、水平移動派horizontalist(mobilist)の妄想はとんでもない方向にまで逸脱してしまいます。

一つの例として、「構造侵食によって大陸地殻が崩壊し、マントルに運ばれ、膨大な花崗岩が表層から失われる」とか、「マントルに沈み込んだ膨大な花崗岩が第2大陸を発達させる」、
というような歯止めの利かなくなった奇怪な説を紹介します。少し長い(106ページ)論文ですが、丸山茂徳氏らの「太平洋型造山理論」から抜粋して紹介します。

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太平洋型造山帯―新しい概念の提唱と地球史における時空分布
―丸山茂徳ほか

2) 日本列島の構造発達史

プレート造山論の時代になると、 日本列島の地体構造区分に基づいて、 太平洋側の 海洋プレートの変遷、 プレート相対運動から海嶺の周期的な沈み込みと造山運動が関係すること 日本地理図 などの研究へと発展した。これらの研究に共通した考えは、時代とともにつねに付加体が海側へ周期的に成長したことであった。構造侵食によって、大陸地殻が崩壊しマントルヘ運ばれ 、 膨大な花崗岩物質が表層から失われたことは当時誰も考えもしなかった。
海洋地球物理学の研究と陸上の蛇紋岩メランジュ帯など の研究から、日本列島は5 回の大規模構造侵食を被ったことが明白であり、 これまでの構造発達史を大きく変更せざるを得ない状況になった。(p161)

ところが、太平洋型造山帯のなかに、 しばしば 島弧の破片が蛇紋岩帯に伴って出現し、それをもとに、「横ズレ構造帝」 説が現れた (Tair a et al. 、 1983)。この説は、 例えば、 黒顛川構造帯は 、 ベトナム付近に島弧や小大陸がまず衝突付加し、次に海溝沿いに 5000 km ほども横ずれして日本列島までやってくるとみなす。そのような横ずれに蛇紋岩が貢献したと考える。当時のプレート相対運動の復元モデルは、異常な横ずれ移動距離を支持する根拠をもたない。これは、 北米西岸で、ほぼ同じような論理を使って、南米に衝突付加した異質岩塊が海溝の内側を中南米から赤道を経てアラスカまで横ずれしたと主張した日本版テレーンでった。つまり典型的な植民地科学の代物である。(p.208)

5) 新しい概念「構造侵食」を組み込んだ造山 運動の体系化(総合化の時代)

海洋域の研究は現在では閉塞感が漂っている。構造侵食派を極端な考えとして扱い、付加体至上主義派の穏健派が世界の常識、つまり、堆積物の供給が少ないばあいに、沈み込みだけが進行して、付加体ができないだけで、上盤側の構造侵食は起きていないとする考えが支配的なようにみえる 。海洋物理学の手法に基づく次のブレイクスルーを海域の研究に期待できないだろう。閉塞的状況に陥っている。次に大きく発展する手法が見当たらないからである。
この現状を破るのは、陸上の地質学になるだろう。(p.208)

7)付加体地質学の新展開

これまで、地質学は日本列島から付加体が認識されることをゴールに記載地質学を進めてきた。その鍵が、チャートの微化石だったので、日本列島のチャートの微化石の露頭はほぼ100%近くフッ酸処理された。その結果、漠然とだが、過去 5.2 億年間のプレート沈み込みによって大陸の緑に連続的に付加体成長が進行し、源日本列島は約400-500km海洋側に累帯成長したと見なされた。しかし、それは記載によって付加体が連続成長したことを実証した上でなされた結論ではなかった。証拠は断片的で、今、 整理し直すと、 過去 5.2 億年間の 2/3の期間は付加体がない時代である。実際はなかったのでなく 、後の時代の構造侵食によって地表から消し去られた可能性が大きい。(p.209)

8)マントルダイナミクスとのリンク

構造侵食や島弧の直接的な沈み込みによって、上部マントル最下部に大量の花尚岩物質が集中していると考えられるようになった 。その量は、遷移層下部の 520−660 km 深度に限っても表層の大陸地殻の6-7 倍である。さらにスラブから剥がれないで、下部マントルの最上部を漂移している花崗岩や遷移層の上部の花崗岩を考慮すれば、10 倍以上の花崗岩物質がマントルにあるだろう。
下部マントルまでスラブとともにもち込まれた 花崗岩地殻は、そこで剥がれれば上部マントルへと上昇するだろう。また、東アジアの直下に花崗岩質な第 2 大陸が広域的に分布しているならば、上から降下するスラブを受け止めて、花崗岩はスラブ滞留の原因になるが、降下するスラブは第 2 大陸を分裂させる力にもなるだろう。一方、下部マントルから上昇するプルームも第 2 大陸を分裂させる原因になるだろう。これは、表層大陸の離合集散と比較される現象である。第 2 大陸の広域分布の同定作業 (図 42) に次いで、 次は第 2 大陸のダイナミクス、さらに、ウイルソ・ンサイクルのようなダイナミクスとスーパープルームの関係など、地球物理学的手法によって発展する課題は多い。


図42 マントル内部に第2、第3の大陸が存在する(?)

これまでCMB に選択的に濃集したスラブの集積場にあるMORB が核の熱と軽元素の力を借りて部分融解して重いメルトを残し、軽くなったMORB の残渣が上昇し、それがスーパープルームをつくりだし、それが超大陸を分裂させると考えられてきた。
しかし、第2 大陸の発熱効果が超大陸の分裂にとって最も効果的であるかもしれない。さらに、マントル対流を支配したのも第 2 大陸かもしれない。第2 大陸が誘発したマントル対流が、スーパープルームの誕生と進化にどのような影響を与えたのであろうか?(p.210)

9) 地球史を通じた大陸の進化と マント ルダイナミクス

しかし、本論文で議論したように 表層大陸の約10 倍の質量をもつ花崗岩が巨塊としてマントルのなかに散在し、しかもそれらが第 2 超大陸として離合集散を繰り返すならば、自己発熱機能を持つ花崗岩はマントル対流を支配しうる。(p.210)

一方、原始海洋の誕生と連動したプレート運動の開始は、沈み込み帯で、無数の弧状列島を誕生させ、スラブMORB の直接的な 溶融によって効率よくTTG 地殻をつくりだしたであろう。それらは、しかし、島弧同士の平行衝突という特殊な造構環境での衝突付加を除いて、ほとんどがマントルに沈み込み、 第 2 大陸を発達させ、最初の20 億年間に効率よく成長し、マントルダイナミクスを支配しただろう (図 44 右)(p.210) 。


図44 巨大な花崗岩の巨塊がマントルに取り込まれた(?)

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「微化石による付加体研究」という日本の独創的な研究成果を捨て、北米のテレーンブームに便乗する研究者があったことを著者らは冒頭で述べています。「彼らは独創的な研究はすべて欧米から生まれると考えている。それを誰がいち早く日本に輸入するかを競う「植民地科学の哲学」だ」と批判しています。

 その思想がベースにあるのか、日本の独創的な研究を出す、という強い意欲は感じます。
しかし、自然科学の論文に「植民地科学」という言葉は奇異に感じます。 それをいうのなら、プレートテクトニクスそのものが「植民地科学」だと私は思います。

日本の独自性を打ち出そうという意欲は良いと思うのですが、内容的には流体力学と固体力学をごっちゃ混ぜにした点ではプレート論の域を超えていません。

巨大な花崗岩がマントルに取り込まれ、第2大陸を作り、その発熱効果で大陸が移動する、というような話が輸出できるとは思えません。

マントルトモグラフィーの成果から閃いたプリューム理論とは、「固体であると仮定して計算した結果から、液体の噴出らしき層が見つかった」というものです。仮定の間違いを証明した結果に過ぎないじゃないか、という問いに答えられません。

壮大な内容ですが、最初の言葉にある「1060年代後半から1970年代初期にかけては、造山運動は思弁的な色彩が強かった」という内容と同様の「思弁的造山理論」だと断定するしかありません。

藤田先生は書物の冒頭で

「著者(藤田)は、プレートテクトニクスの仮説については、終始、否定的な見解を主張してきたが、プレートテクトニクスに限らず、仮説というものは、それが廃棄されるまでは、学会に大きな貢献をし続けるという現実を無視したことはない。」

と述べておられます。見習いたいものですが、早く「プレート論」・「付加体論」を廃棄して欲しいものです。

 閉塞感を打破するには、やはり、ハブグッド教授の「地殻の滑動説」を取り入れた、地についた「造山理論」を日本から構築することです。

それは、第2地動説にもとづく「造山理論」です。

参考:
大陸成長史と構造侵食


誰もチェックできないSFの世界か?
2515
Date: 2017-06-05 (Mon)
プレート論は矛盾している、アムールプレートなんて存在しない
国立天文台のサイトで、アムールプレートの存在を認める記事がありました。
プレート論そのものが間違いである証拠がたくさんあるのにもかかわらず、国立天文台が認めているのは何という怠慢でしょうか。

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日本列島のプレートテクトニクスと地震の発生  プレートテクトニクスが支配する惑星地球の表面では、十数枚のプレートに分かれたリソスフェア(岩石圏)の相対運動が地震を始め様々な現象を引き起こしています。
日本列島に南からフィリピン海プレートが、東から太平洋プレートが沈み込んでいるのは有名ですが、肝心の日本列島が何プレートに属するかはこれまで「藪の中」でした。20年前の本を見ると日本列島全体がユーラシアプレート、すなわち欧州やアジアと一枚板になっています。15年前の文献では日本列島の真中に境界が引かれて東日本が北米プレートになっているでしょう。
もっと最近の文献なら北米プレートの代わりにオホーツクプレートと書かれているかもしれません。一体なにが本当なのでしょう。

  最近数年間の宇宙測地観測によってこの曖昧な状況が打破されたことについてお話しましょう。西南日本や韓国のGPS(全地球測位システム)点がユーラシアプレートに対して東向きに年間1cmほどで動くことから、その地域がユーラシアプレートの一部であることが疑われ始めたのが数年前のことです。筆者を含むグループは上記地域に加え、中国や極東ロシアに展開したGPS点の数年にわたる位置変化を解析し、これらの地域がほぼ一枚の独立したプレートとして振舞っていることを明らかにしました(Heki et al., Jour. Geophys. Res., 104, 29147,1999)。

その範囲は従来アムールプレートと仮称されていたものにほぼ重なり、「幻のプレート」の存在が実証された格好になります。さらにアムールプレートの存在が明らかになったおかげで東日本を含む「オホーツクプレート」を無理に仮定する必要がなくなり、元通り北米プレートのままで諸データが矛盾しないことがわかりました。西日本=アムールプレート、東日本=北米プレートという構図がようやく明らかになったのです。

  それらの境界は一本の線ではなく中部から近畿にかけて数百キロの幅を持っています。そこでは南からフィリピン海プレートが沈み込んでいますが、陸側は東海地震の震源域とされる静岡県東部などの北米プレート側と四国や近畿などのアムールプレート側に分かれており、沈み込み速度や地震再来周期も同じではありません。北海道南西沖地震で注目を浴びた日本海東縁はアムールプレートが北米プレートに沈み込む境界ですが、我々がその速度を約2cm/年と定量化したことはこの地域での地震の繰り返しの理解に重要です。

  海溝で見られる海陸プレートの衝突では前者が後者の下に沈みこんで一件落着ですが、沈み込めない陸どうしの衝突では事態が複雑になります。東日本(北米プレート)と西日本(アムールプレート)が約2cm/年の速度で衝突している中部―近畿地方もそのひとつです。

このような場合プレートの運命は(1)横に縮んで上下に伸びる、(2)小さいかけらになって横に押し出される、の二とおりです。代表的な衝突境界であるインドとユーラシアの衝突現場では上記(1)でヒマラヤ山脈とチベット高原が形成され、さらに大規模な横ずれ断層でブロック化した陸塊が押し出される (2)が同時進行しています。アムールプレートも元をただせば北上するインドが東に押し出した大地のかけらなのです。  

日本に目を転じると、中部地方は山岳地帯を形成しており(1)がある程度働いていることは明白ですが、(2)はどうでしょう。アムールプレートからみた国土地理院の全国GPS連続観測点の速度を図に示します(沈み込みによる地面の変形を取り除いて見やすくしてあります)。中部から近畿にかけて東西短縮とともに南北伸張が顕著です。つまりインド=東北日本、ユーラシア=西南日本とすると、東に押し出されるアムールプレート=南に押し出される紀伊半島、という相似形が成り立ちます。東西短縮と南北伸張の地殻ひずみは断層の横ずれによって解放されますが、その典型例が1995年の兵庫県南部地震です。その原因は中部日本における陸どうしの衝突、その原因はアムールプレートの東進、そのまた原因はインドとユーラシアの衝突に伴う大陸塊の押し出し、さらにその原因をたどるとゴンドワナ大陸の分裂とインドの北上となります。


図の説明:左上は日本周辺のプレート(AM:Amurian, PH: Philippine Sea,
NA:North American, PA: Pacific)とその境界。
右下はAMからみた国土地理院の全国GPS連続観測点の速度(黒矢印)と、
AMに対するNA、PHの相対速度(太矢印)。

日本列島は中部―近畿を境に東日本(北米プレート)と西日本(アムールプレート)に分けられ、年間2cmの速度で互いに衝突しています。

「国立天文台ニュ−ス No.85より転載」            <日置幸介>

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日本の社会では水平移動派Mobilistでないと、社会的な地位を得られないかのような状況になっています。

 どうしてこんなに「愚かな社会」になってしまったのか、思考力ゼロ社会のような雰囲気です。


太平洋プレートが誕生するはずの海嶺付近(エルターニン断裂)に
地層が見られるのは、プレート論の矛盾である。

2516
Date: 2017-06-06 (Tue)
チャートという岩石の誤解、無機質チャートもある
チャートは昔は無機質と考えられていましたが、放散虫革命のためでしょう、今では生物岩とされているようです。日本大百科事典には以下のようにあります。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

層状チャートは、かつては海水から無機化学的に沈殿して形成されたと考えられていたが、ほとんどすべてのものが珪質の骨格や殻をもつ放散虫や珪質海綿あるいは珪藻の遺骸(いがい)が集積してできたもので、一種の生物岩ということができる。礫(れき)や砂のような粗粒砕屑(さいせつ)物をまったく含まないことから、陸域から遠く離れた海洋底で形成されたと考えられている。
日本では、北海道から沖縄まで、古生代後期や中生代の付加体とよばれる地質体の中によくみられ、ほとんどが砕屑岩に取り囲まれた異地性の地塊をなしていることから、海洋プレートの沈み込みに伴って海側から付け加えられたものと解釈されている

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神奈川県立生命の星・地球博物館のサイトにも館長が次のように解説しています。(自然科学のとびら 第12巻4号 2006年12月16日発行)
抜粋して紹介します。

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「チャートという岩石」(館長 斎藤靖二)

チャートという岩石名は、鉱物学的には微細な石英の集合で、化学的にはほとんどシリカ(Siq)からなる堆積岩につけられたものです。あまりに純粋な組成であるために、かつては化学的に沈殿した岩石と考えられていました。しかし、チャートは放散虫骨格や珪質海綿の骨針といった珪質生物の遺骸からなる生物岩で、中・古生代の地層を特徴づける岩石だったのです。

 砂粒がないのは、堆積場が陸から遠く離れていたことを、石灰質のものがないことは、堆積場が4千メートルより深いことを意味しています。  
つまり、チャートは遠洋性の深海堆積物というわけです。ところが、チャートは造山帯を特徴づける岩石の一つなので、チャートが海洋プレートで遥か彼方から移動してきて、造山帯に付け加えられたことを示唆することになりました。  

 このことは古地磁気の測定で証明され、プレートテクトニクスを地質学的に実証するのに大きく貢献しました。

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しかし、これでは[2508]に紹介した福井県南条山地の無機質チャートを説明できません。南条山地には放散虫を含むものと含まないものと、両方とも存在するそうです。  

古地磁気の測定から、「プレートが赤道付近の緑色岩を運んできた」とか「プレートテクトニクスを地質学的に実証した」とか考えられていますが、「地殻の滑動」したことを認めれば、そのように解釈する必要はありません。


地球は結構激しく姿勢を変えている。日本が赤道上にあったことも、極域にあったこともある。
このハプグッドの「地殻滑動論」をアインシュタインは支持していた。

[2508]にも紹介しましたが、石田理論による解釈では、

@太古には大陸規模での隆起、沈没が何度も起きており、その都度地球は姿勢を変え、地球規模での海洋の擾乱が発生した。

A擾乱が静まる最終段階の極微粒子の沈殿物(粘土)が、固化し岩石となったものが、チャートである。

B赤道付近のチャートには、放散虫その他の水生生物の死骸が含まれるが、極地方のチャートには含まれない。これが無機質のチャートになる。

Cチャートが遠洋で形成され、海洋プレートによって運ばれてきた、というのはプレート論を盲目的に信奉しているからであり、付加体論を適用する必要はない。

D地殻の重心がずれると、滑動現象(ポールシフトと同じこと)を起こし、短時間で地球の姿勢が変わる。

E重心がずれる原因となる地殻の昇降は「解離ガスの爆発」でおきるもので、「地向斜理論」を支持はしない。

Fプレート論は破綻している。したがって付加体論も成立しない。

となります。

2517
Date: 2017-06-08 (Thu)
放散虫のサイズは海洋環境によって変化し、存在しない次期もある
 丹波帯篠山地域のチャートについて調査した報告があります。それによると、チャートの大きさは周期的に変化していて、存在しない時代もあることが分ります。  
その変遷は海水温度の変化と関係し、氷河期とかミランコビッチ・サイクルとの関係で考慮する必要があるとしています。

 本当は、地殻がもっと大きく滑動したことを考慮する必要があります。

 無機質のチャートが存在することは地球規模の変動と関係していることを示す調査結果ですので、抜粋して紹介します。

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 丹波帯篠山地域ペルム紀層状チャートの放散虫生層序及び放散虫の形態変異
山中雅之(大阪微化石研究会誌、特別号、第12 号、 p.13-22、 2001 年12 月)

 層状チャートは陸源性砕屑物の供給されないような海洋域で形成されたと考えられている。現在の海洋底にはジユラ紀古世以前の地層は存在せず、それより古い時代の地層の生層序や古環境については、陸に付加した堆積物を検討する必要がある。この点で層状チャートに多量に含まれる放散虫は海洋古環境を知る重要な手がかりになると考えられる。

 本小論では兵庫県篠山地域藤岡奥の丹波帯ペルム紀層状チャートにおいて、まず放散虫化石による生層序学的検討の結果を報告する。さらにこの層状チャートより産出した放散虫化石について連続層序断面における殻の大きさの変化について検討し、その結果が古海洋環境とどのように関係するかを考察する


第4図 放散虫のサイズに関するHrとHsの説明

結果

第5図 HrとHsの垂直方向(層内)の変化

Hr の全標本の平均値は121.1μm である。しかし各層準の平均値は最も小さいS-253 では107.7μm。 最も大きなS-267 では151.6μmと層準により大きさにばらつきが在ることが分かる。

一方、 Hs 全標本の平均値は264.9μmであるが、各層準の平均値は236.6 〜 277.3μm とばらつきが見られる。また全標本を見るとHr は最小値が63.46μm、 最大値が188.76μm と約3 倍の開きがある。 Hs をみても200 〜326.9μmと約1.6 倍の開きがある。

 第5 図は各層準におけるHrと Hs の平均値をプロットしたものであり、その垂直変化の傾向を斜線で示す。 Hrと Hsは共に12.8m層準から13m層準までは減少傾向であり、13.2m 層準から13.8m層準までは数回の増減をくり返す

(2) 古海洋環境  

Hr、 Hs の平均値は、層準により大きく異なっている。Hr とHsの変動のパターンを見てみると、この二つはよく似た変動を示し、層厚数十cm の周期で変化している(第5図)。

各層準の放散虫の大きさを変化させる要因として、種に特有の遺伝的な変化、環境の変遷、成長段階の違いなどが考えられる。 Hr、 Hs ともに個々の値は大きく異なっているので異なった成長段階のものを計測している可能性もある。しかし各層準ごとの平均値を考えると、チャートの堆積速度は千年間に数mm であるから厚さ数cm の層状チャートの単層の年代幅は数万年である。これは数カ月という放散虫の寿命と比べて非常に長いので、層準によって成長段階の違う放散虫が産出しているとは考えにくい。またHr とHs の変動のパターンがよく似ていることに着目すると、異なる2 種の放散虫の大きさが同じような垂直変化を示していることから、現境の変遷に関係していると思われる。

Granlund (1986) は南インド洋において、放散虫Antarctissa属の殻の大きさや形が表面海水温と塩分濃度に密接に関連していることを明らかにした。また
 Granlund (1990) は南インド洋のピストンコア中の放散虫Antarctiss属の過去50 万年の殻の大きさの変化が、酸素同位体ステージと一致することを示し、 Antarctiss属の殻は氷期に大きくなり間氷期には小さくなると述べている。また、 Kuwahara (1997) はペルム紀新世放散虫Albail1el1a属の数種について形態学的研究を行、同時に産出する2 種が10(4乗) -10(5乗)年の周期で変動することを明らかにし、これがミランコビッチ・サイクルに関係する海水温の変化によるものであると推定している。

ミランコビッチ・サイクルは太陽系天体の引力の影響による地球の軌道要素や地軸の傾きの変化を原因とする気候変動の周期であり、 2 万3 千年や4 万1 千年、 10 万年、 40万年などの周期が知られており第四紀の氷期・間氷期のサイクルはミランコビッチ・サイクルの十万年周期と一致していることが明らかになっている(川上、 1995)。

今回検討したHr、Hs は層厚数十cm の周期で変動しており、この周期は堆積速度から数万年〜数十万年である。 この変化はGranlund (1 990) やKuwahara (1997) の検討結果とよく似ており、ミランコビッチ・サイクルに関係する海水温の変動を表している可能性がある

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放散虫はその時代に、その場所が地球上のどの地域にあったのか、赤道付近か、中緯度帯か、または極域にあったのかによって、大きさが違うようです。また、まったく存在しない、つまり、極域にあって、生存できなかった時代もあると考えられます。

 地殻が滑動することが現代の地球物理学では認識されていませんから、分析が束縛されています。
しかし、ミランコビッチ・サイクルという小規模な地殻の変化だけではなく、もっと大きく、激しく(といっても、数万年に一度ということでしょうが)地球が姿勢を変えていることを考慮して、分析をお願いしたいと思います。

チャートは本来無機質の粘土が固まったもので、放散虫が混じることもありますが、「生物岩」という分類はどうかと思います。

[2438]に紹介した地磁気逆転の記録と、地層の年代、放散虫の有無を検討すれば、アインシュタインの言った以下の言葉、
「ハプグッド氏の考え方は今までになかった新しいもので、非常に簡潔でわかりやすく、・・・さらに『実証性』が高まれば・・・地球の地表の歴史に関する、他のどんな説よりも重要な説となるだろう」([1074]参照)
にある『実証性』を高める作業になるような気がします。

放散虫の研究から「地殻の滑動」が証明される、その研究は日本から・・・
となって欲しいと思います。可能性は充分にあります。

参考: 土木の粒度試験で沈降分析をやった人なら知っていますが、最後の最後に沈降するのが粘土です。

Wikiより 粘土の定義は、陶工、土壌・農学、セラミック工学、地質学(堆積学)、鉱物学などの分野により必ずしも一致していない。地質学の分野においては、粒径(粒の大きさ)が3.9μm未満の粒子とされ、鉱物学の分野においては2μm以下の粒子とされ、土質力学の統一分類法においては粒径が5μm以下の土とされる。これより大きいものはシルトとよぶ。

2518 
Date: 2017-06-08 (Thu)
放散虫を含まないチャート、化石になった放散虫が消えることはない
 放散虫を含まないチャートについて調べていますが、私は現場での調査をしたことがないので、報告されたものを見させていただいています。その中に東大の研究室のものがありましたので。紹介します。

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多田&高橋研究室メンバー日記
東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻 システム科学大講座 

 私が調査した場所にはチャートという岩石が出ているという話は既に触れました。これは、大昔の深海底に放散虫と呼ばれる動物プランクトンの殻が降り積もってできた地層です。

しかし、創刊号でも書いたかもしれませんが、私が調べている時代の深海底にはチャートができていなかった時期もあるんですね。では、チャートじゃない部分がどうなっているか?こちらの写真を見てください。

 写真では、黒っぽいツヤのある地層の間に、矢印を書き込んだ茶色い表面の地層があるのがお分かりでしょうか?この地層、上下のチャートと違って、地層の面と平行に近い割れ目が層内にあるのが見えるでしょうか?同じ層の中でも、灰色っぽいところは私が割ったところなので、割れ目が見えやすいかと思いますが・・・

写真では、黒っぽいツヤのある地層の間に、矢印を書き込んだ茶色い表面の地層があるのがお分かりでしょうか?この地層、上下のチャートと違って、地層の面と平行に近い割れ目が層内にあるのが見えるでしょうか?同じ層の中でも、灰色っぽいところは私が割ったところなので、割れ目が見えやすいかと思いますが・・・  

とにかく、チャートと違う地層があるんです。この地層、灰色っぽい粘土でできていて、放散虫の殻をほとんど含まないんです。顕微鏡で見てみるとよくわかります。

 こちらがチャート。

 無数の丸い物が見えますね。これ、全部放散虫の殻なんです。

 一方、こちらが粘土岩。

 丸い放散虫の殻がちょっと見えますが、だいぶチャートより少ないですね。放散虫の殻以外の部分は、なんだか細かくてよく分かりませんね。これはとてもちっちゃい粘土鉱物の粒子なんです。実は、このような小さな鉱物の粒子はごく普通に陸から海に風で運ばれているんです。黄砂みたいな感じのイメージです。

 その量はわずかですが、他に積もる物がなければ、こういった鉱物粒子だけでできた岩石が深海でできることもあり得ますね。  じゃあ、この時代には海から蟲たちがいなくなってしまっていたのでしょうか?そうとも限らないんですね。  今まで「深海でできた地層」と言って来た物、深海に溜まった物全部がそっくりそのまま残されている訳ではないんです。深海に溜まった泥や蟲たちの屍骸などが硬い岩石の地層になって行く間に、いろいろな物質の移動が起こります。そんなこんなで、化石が溶けてなくなってしまうことだってあるんです。

放散虫が自然の環境下で消えてしまうことはないと思います。放散虫はいなかった・・・・のです。

 初めはこんなに立派だった放散虫が、

 嗚呼・・・  

往ってしまわれた・・・・・・・・

 という具合に。  

要するに、本当は放散虫がいたのかもしれないってことですね。じゃあ、結局チャートと粘土岩の違いから何が分かるのかって?それは、また今度のお話にしましょう。

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 その後の話はありませんが、放散虫が自然に消えてなくなることはないと思います。  

 「地殻の滑動」を受け入れれば、極地入りした場合には、放散虫が生息できなかった環境になった、ということで解釈できるはずです。

 黄砂現象で海洋が混濁することはないでしょう。もっと激しいポールシフトによる地球規模での洪水現象による混濁だと思います。

2519
Date: 2017-06-09 (Fri)
なんでもあり、漂流しているような地質学
[2508]にも紹介した福井市自然史博物館の解説で「南条山地は日本列島のおいたちを解く鍵!」という見出しがあります。

「放散虫を含まないチャート、付加体モデルに反する地層」が話題になっていて、「福井南条山地から、新しいモデルがうまれるかもしれません」とありますので、その後どんな展開になっているのか興味が湧き調べてみました。

驚いたのは[2514]にある丸山茂徳教授の「構造侵食」という概念を取り入れて、「自由度の高い新解釈」なるものが横行していることでした。

「美濃帯の堆積物の起源は南中国であり、飛騨帯とは無関係であったと考えられている」とか、

「海洋プレートの潜り込みにより層序のみならず地質体の欠損や構造侵食による亡失が起きることが主張されており、地質体が失われることは容易に受け入れられる」

 という”自由奔放”な解釈が目を引きました。

福井大学地域環境研究教育センター研究紀要「日本海地域の自然と環境」No.21、1014
に載っている「福井県内のいくつかの地域の地質 その5:南条山地北部の地質構造の解釈」服部 勇

から抜粋して紹介します。 新しいモデルを期待したのですが、プレート論、付加体論の更なるごり押しで、期待が外れました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

5.プレート収束境界と付加体
かつて、飛騨帯は美濃帯の砕屑性堆積物の供給地と考えられたが、現今は、美濃帯の堆積物の起源は南中国であり、飛騨帯とは無関係であったと考えられている。南条山地の研究から同様な意見が出されたことがある(Hattori、 1989)。遠洋性堆積物(チャート・珪質頁岩など)が南中国の横(東側)を通過した際に砂岩などが供給され、海洋層序が完成し、その後北側にあった収束域に接近し、付加体となり、美濃帯ができあがった可能性がある。

美濃帯北部の砂岩主体コンプレックスには、南条山地に分布する冠山礫岩系(服部ほか、1985)や旧徳山村や木曽山地に発達する礫岩サイズが1mを越える花崗岩円礫が存在する。冠山の北側には長径2mの花崗岩礫が存在する。それらの花崗岩礫の年代は178〜260Ma を示している。花崗岩礫を含む砂岩中の砕屑性ジルコンのうち若いものは約180Ma である。冠山礫岩系などを含む堆積岩の放散虫年代はジュラ紀中期であり、これらの年代は、花崗岩礫の侵食・運搬と今庄・高倉コンプレックス中の礫岩の堆積が同時期であり、花崗岩分布地と今庄コンプレックスの堆積場が近接していたことを示す。

現在の飛騨帯と美濃帯との間には、飛騨外縁帯、超丹波帯が存在している。中部地方の飛騨帯は南東方向に円弧状に突出しているが、大局的にはこれらの地質帯は飛騨帯の周りに並走している。並走しているということは、古生代末以降活動的大陸縁(飛騨帯)に対して、ほぼ同じ方向から海洋プレートが接近したことを意味する。飛騨帯の突出部(飛騨帯と美濃帯が直接する地域)では失われた地質体(飛騨外縁帯、舞鶴帯、超丹波帯、美濃帯およびそれらの一部)の面積がもっとも広いはずである。現今、海洋プレートの潜り込みにより層序のみならず地質体の欠損や構造侵食による亡失が起きることが主張されており、地質体が失われることは容易に受け入れられる。舞鶴帯の飛騨帯下への潜り込み(飛騨ナップ説)も容易に受け入れられる。九頭竜湖付近では、左門岳コンプレックスが直接飛騨帯と接しているので、ペルム系を主体とする超丹波帯の一部も飛騨帯の下に潜り込んだ可能性がある

脇田(1985)による美濃帯の広域的地質図を見ると、砂岩・チャート主体のユニット(コンプレックス)でも北方のものは砂岩が多く、南のものはチャートが多い傾向にある。美濃帯では、南ほど若くなっているので、海洋底におけるチャートの生産が次第に活発になったのか、あるいは海洋底層序の見ているレベルが違うのか、どちらかであろう。砂岩主体のコンプレックスとして、左門岳コンプレックスが存在する。連続的な潜り込みによる付加作用を考えると、左門岳コンプレックスの構造的下位に湯尾コンプレックスが存在するのか、左門岳ユニットを分断する形で湯尾コンプレックスが存在するのか、判断が困難である。後者の場合でも、上位にあった左門岳ユニットが侵食され、下から湯尾コンプレックスが顔を出したのか、左門岳ユニットの上に帯状に湯尾コンプレックスが残されているのか、これも不明である。

かつては飛騨帯は先カンブリア紀と考えられてきたので、飛騨帯から供給された砕屑物が美濃帯を形成したと考えても問題はなかった。しかし、飛騨帯形成の最終年代がジュラ紀前期(船津期)まで若くなった。さらに、ジュラ紀後期から白亜紀にかけて、美濃帯からチャート礫が手取層群へ供給された。すなわち、美濃帯の一部が飛騨帯の周りに山脈をつくり、チャート礫を手取層群に供給した。 この時期には湯尾コンプレックス、超丹波帯(東俣コンプレックス)、飛騨外縁帯は飛騨帯と美濃帯の下にあったのではないか。

コンプレックス収束帯の発生はプレート境界付近での現象である。プレートは数千m単位の広がりを持ち、その活動は時間的にも数千万年の長さをもつ。プレート境界も千mの長さを持ち、収束帯もおそらく数十m以上の幅をもつことになる。プレート収束帯での地層変形は、ベニオフゾーンに沿った深さ方向の奥行きで数十mに渡って進行し、そこでは海洋層序の底付け、剥ぎ取り、切断、混合、衝上、構造侵食などが、時間的にも場所的にも不規則に起きており、世俗的に表現すれば、“ごちゃ混ぜ(大規模なメランジェあるいはコラージュ)”を作っているのであろう。湯尾コンプレックス中の緑色岩類は低度ながらブドウ石−パンペリー石相程度に変成しており、この事実も10m 程度の潜り込みを意味している。この論文で問題にした湯尾コンプレックスと今庄コンプレックスは幅も長さも数mから10数m以下である。これらは大規模メランジェ(美濃帯)中の相互に無関係のコンプレックスである。美濃帯が付加体という解釈は正しい。しかし、その内部をコンプレックスに区分し、対比し、付加の順を定め、付加作用を議論することは地域地質学としては重要であるいが、大規模メランジェあるいは付加体の形成という立場からは、全体論的に有意義な成果を見るには相当な努力が必要であろう。

プレート収束域で付加体ができあがる。付加物は海洋プレート上に存在した海洋層序と陸域から流入する砕屑物である。ありとあらゆるものが収束域に集まってくる。構造境界(ベニオフゾーン)は簡単には移動しないので、集合してきた物質の構造と層序は乱れ、著しく変形・分断する。さらにオリストストロームとして再堆積も起きる。場所によって、付加物の特徴に差ができ、それらが地域地質学的にコンプレックスとかユニットとして認められることになる。我々が美濃帯とよんでいる地帯はこのようにして出来上がったものであろう。収束域で付加物の量が増え、構造境界が後退(海洋側に移動)することにより、新たな収束域ができる。そこで新たな付加作用が進行し、新たな地質帯ができると考えられる。

美濃帯とか秩父帯のようなサイズで付加作用を論ずる場合は、順次海洋側に若い堆積物が付加していくと考えることには合理性がある。しかし、各地質帯の内部でもコンプレックス単位でそのようになっている(海洋側に若くなる)と考えるには注意が必要である。今回取り扱っているコンプレックスでも、今庄コンプレックスと徳山コンプレックスを各々独立したコンプレックスとみなすか、単に構成物の量比が多少異なる程度とみなすかは、調査者の判断に依存する

あとがき

地域地質の踏査結果をまとめ、地質図に表現するにあたり、どうしても推測や解釈が必要となる。 さらにまとめた成果から地質構造発達史を論じようと思うと、“可能性がある”、“かもしれない”という表現が頻発する。あいまい表現を一つ一つ潰していく必要があるが、付加体テクトニクスでは、時間も空間も広大であり、さらに消えてしまった地質体を推定することが許されるので、自由度が大きいまま残される。本論では述べなかったが、さらに大きな問題は、我々が見ている南条山地に残された地質は、おそらくそれに関係した地質のほんのわずかであろう。大部分は削剥され、失われてしまっている。そのため、地質調査によって得られた観測事実から推測する構造発達史は、きわめて不十分なものであることに注意する必要がある。今後自由度を少しずつでも小さくしていく研究が待たれるが、地域地質からの貢献は小さいものかもしれない。

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「構造侵食」という新しい概念は解釈の自由度を上げるのでしょうが、「調査者の判断に依存する」というような「統一性のない地質学」が横行するのでは学問の進歩なのか退歩なのか分りません。混沌の世界に踏み込んだようなものです。

付加、衝突、潜り込み、剥ぎ取り、切断、底付け、混合、衝上、構造侵食・・・なんでもあり、では自由度が高すぎて地質学は漂流状態です。

 深発地震面(ベニオフゾーン)は熔融マントル内部で起きている地震を表しているのであって、被破壊部分が沈んでいく姿ではありません。地震の理解がまったく間違っています。([1524]「もう一つの地震学」など参照)

参考:

構造侵食
構造侵食とは沈み込むスラブの前面の付加体や大陸地殻が破壊され、被破壊部がブロックとなりマントル深部に運搬されることである。それらはマントルのどこまで沈み込むのか;660km深度で滞留し、第2大陸を形成するのだろうか。(丸山茂徳)


 構造侵食は間違い! こんな絵はウソである!

2520
Date: 2017-06-10 (Sat)

プレートテクトニクス理論の積極的拒絶運動、地球科学の体系的廃棄が必要である
プレートテクトニクス理論から派生する「付加体論」、そして「構造侵食」という概念は日本生まれであるようですが、これを一掃しないと、世界中に混乱を撒き散らすばかりです。  思い切って、積極的にこれら[日本生まれの盲論]を破棄しないといけないと感じました。

 関係者に提案します。

 プレート理論の原点はウェゲナーの「大陸移動説」ですが、再出発点は第二次大戦中に北西太平洋の海底でヘスが発見した「平頂海山」(ギョー)です。海洋底拡大説を唱えましたが、間違っています。

 すでに陸上のテーブルマウンテン(テプイなど)を含めて、ギョーの形成メカニズムを説明してきましたが、「地殻の移動」、「地殻の浮沈」を認めれば簡単に説明ができます。

 付加体理論は四万十帯で説明しましたが、「上が古く、下が新しい地層」ということは特殊な褶曲を除いて矛盾があります。

 放散虫を含むチャートと含まないチャートがあるのも、「地殻の移動」を認めれば容易に理解ができます。

 地震爆発論からスタートした研究ですが、関連する問題の回答まで探求するうちに、約30年の日時が経過しました。

 この辺りで、「ベルリンの壁破壊」に相当するような大きな運動を開始しないといけないなぁと思っています。

 日本はMobilistが全盛です。竹内均先生の映画「日本沈没」での解説を信じる人が多過ぎます。安芸敬一教授(アメリカの地震学会会長経験者)の教科書が威厳を持ち過ぎています。

  
映画『日本沈没』に出演し、プレート論を説く竹内均東大教授(当時)......アメリカで活躍した安芸敬一教授

 しかし、マントルが熔融しているとすれば、内容は色褪せます。

 今必要なのは「体系的な廃棄」です。  

マントルは熔融しています。  

マグマとはマントル物質のことで、その中に含まれる解離ガスが爆発することが、火山活動や地震の原因であり、地殻変動の原因です。

 両先輩の影響を断って、新しい地震研究、新しい地学研究をスタートさせる必要があります。

 日本を新しい学問の中心地にしないといけません。「大陸沈没研究」のメッカにしたいと思っていますし、「黒潮古陸」を研究面で再浮上させたいものです。

 関心をお持ちの方々の積極的な行動を期待します。

2521
Date: 2017-06-11 (Sun)
「日本沈没の開始」という証拠は何処にもありません
日本沈没が開始されている、というセンセーショナルな報道があります。出所は「日本地球惑星科学連合2016年大会」での著名学者ということです。

発表したのは竹内均先生と同じMobilistですが、プレート理論が間違っていますから、内容を全面的に信用する必要はありません。([2095]参照)

 具体的に何処が間違っているのかを知っておくために紹介しますが、深発地震の発生原因を見誤っています。

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太平洋スラブの下部マントルへの崩壊は開始されたか
*新妻 信明 (静岡大学理学部地球科学教室)

気象庁が公開しているCMT発震機構解に基づき太平洋スラブが下部マントルに到達し、崩落を開始したかを検討したので報告する。
2015年5月30日M8.1の小笠原沖の地震では震度1以上で日本列島全域が揺れ、深度682kmの震源域が太平洋スラブに連続していることを示すとともに。太平洋スラブ先端が660km以深の下部マントルに到達したことを示した。この3日後の6月3日にも同域でM5.6深度695kmと更に深い地震が起こり、下部マントル突入を確実にした。これらの地震は同じ正断層型発震機構であった。
震源域では2011年3月11日の東日本大震災後、日本海溝側への引張応力増大によって発震機構が変化し、2013年11月には西之島が噴火を開始した。また南方のマリアナ海溝域で2013年5月14日M7.3pr深度619kmが、マリアナスラブは海溝から同心円状屈曲したまま下部マントル上面に沈込んでいることを示した。
伊豆スラブは同心円状屈曲後平面化して南ほど急斜しており、幾何学的にマリアナスラブとの間に裂け目が存在しなければならない。この裂け目の北側に位置する伊豆スラブ南端で、2015年5月・6月の下部マントル地震は起こっている。
この下部マントル地震は現在の最深記録であるが、それまでの最深記録はウラジオストック域の2009年4月18日深度671kmM5.0+ntであった。この深度も660kmの下部マントル上面深度以深である。深度660kmの下部マントル上面の温度圧力条件下では、上部マントル主要構成鉱物のカンラン石は、高密度のペロブスカイトに相転移する。この相転移は低温ほど高圧を要するため、低温のスラブは下部マントル上面を通過できず停滞すると考えられる。スラブ先端も次第に暖められ、ペロブスカイトに相転移を開始すると、浮力を失って後続のスラブを下部マントルへ引き摺り込む。低温のスラブも引き摺り込まれると高圧になり相転移が連鎖的に進行する。連鎖的相転移はスラブを下部マントルに崩落させる。映画「日本沈没」(第2版)では、日本沈没を、停滞スラブの下部マントルへの崩落によって説明している。

2009年4月18日の地震も下部マントル地震であったのであろうか。2009年4月18日の発震機構は横ずれ断層+nt型であり、停滞スラブ内の逆断層型発震機構と異っており、660kmを境界に発震機構が変わっている。また、震源がスラブの下面に位置していることは、沈込前に海底で冷却されていないことを意味しており、スラブ中で相転移し易い条件を持っていることから、下部マントル地震であったと考えられる。ウラジオストック域で太平洋スラブが下部マントルに突入していたとすると、2011年3月11日の東日本大震災の原因となったであろう。

同域では、2016年1月2日にも初動震源(破壊開始)深度681km M5.7が起こっている。しかし、そのCMT震源(主要破壊)深度は641kmであり、発震機構が圧縮過剰逆断層P型と停滞スラブと同じであることから、2009年4月に下部マントルに突入を開始していたスラブ下面に停滞スラブが引き込まれて起こったと考えられる。ちなみに、2009年4月の初動震源深度とCMT深度は共に671kmであり、小笠原の下部マントル地震は、682kmと688kmおよび共に695kmである。

太平洋スラブは2009年4月18日に下部マントルへの崩落を開始し、2011年3月11日東日本大震災を起こし、2015年5月30日・6月3日に伊豆スラブ南端も下部マントルに崩落させ、2016年1月2日にウラジオストック域で停滞していたスラブも下部マントルに引摺込んだ。千島海溝でも2012年8月14日深度654kmM7.3pが起こっており、660km以深の地震が起これば、太平洋スラブ全体は下部マントルへの崩落を開始する

日本列島は、日本海拡大後の1千万年前に脊梁域まで海面下に没している。この地質記録を生かし、既に開始した日本沈没に対処しなければならない。

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「地震爆発論」によれば、このポスター発表で問題にしている深発地震は「太平洋スラブの下部マントルへの崩落」とは何の関係もありません。

 熔融マントルは地球上の各地で地球深部へと流動しています。その流れ(上昇する流れもある)の中で、解離水が結合水へと変化するプロセスで「解離爆発」という地震が発生します(世界各地の深発地震面の形状参照)。

600km〜700kmという深さは、結合水が全て解離水に変化する限度の深さです。これ以上の深さでは解離水(酸素と水素のこと)しか存在しないという深さです。(詳細は深発地震は何故海溝にしか起きないのか参照)

この理解が無いために『丸山論文』でもこの付近に花崗岩が滞留し“第2大陸が形成される”というような発想になっています。

プレート論で生活している人達は「付加、衝突、潜り込み、剥ぎ取り、切断、底付け、混合、衝上、構造侵食」等を駆使して、自論を守ろうとしますが、ほころびを繕うことはもはや出来ません。

『体系的廃棄』しか選択肢はありません。

2522 
Date: 2017-06-12 (Mon)
プルーム・テクトニクスも体系的廃棄に該当します
 地球科学を大きく前進させた日本発の理論、とか日本人によるオリジナルな研究の成果・・・・とか言われて信じられているのが「マントル・トモグラフィー」から生まれた『プルーム・テクトニクス理論』なるものですが、マントルが固体という仮定の下に計算式が作られています。
 その結果流体の上昇が見つかった・・・というのは矛盾しています。
 世界的な研究と報じておられるかたのブログを紹介します。

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沈み込み境界
2012年06月30日10:22

プルーム・テクトニクスと地震波解析

 地球科学を大きく前進させた日本発の理論『プルーム・テクトニクス』、および地震波の解析について、紹介します。この理論は、地球内部における地震波の伝播の違いを精密に測定する「コンピュータ・トモグラフィー(地震波解析)」技法の進展によって得られたもので、日本人によるオリジナルな研究の成果です。

 プルームは間欠的に起こるマントル対流を意味し、テクトニクスは地球の構造運動を表すモデルです。プルーム・テクトニクスは、プレート・テクトニクスを含むマントル対流を表すモデルで、現状では、最も多くのことを説明可能なモデルです。

 プレートの境界は圧縮場なので、境界面に逆断層が発生します。  海溝より海側では、沈み込む海洋プレート=スラブのうち、浅い層は引張場なので正断層、 深い層は曲げによる圧縮場なので逆断層が発生します。

 海溝より陸側では、スラブは陸側プレートの深部に沈み込んで行きます。スラブの下部は、圧縮場となって逆断層が発生します。それより上部のスラブでは、 プレートの重みで海洋プレートが引きちぎられるような力が加わると、正断層が発生します。

 陸側の深部に沈み込んだスラブは、スラブ内の間隙水圧の上昇により、脱水反応が起きます。冷たい間隙水がプレート境界の滑り面=デコルマ面などを通って湧出すると、地滑りが発生しやすくなります。また、この水が陸側のマントルの一部を溶かしてマグマを発生させます。

 沈み込んだスラブは、陸側のマントルよりも低温な含水層です。スラブの主成分である低温の玄武岩は、低温では相転移しにくいため、密度が小さいままマントル遷移層に浮かぶように、一旦滞留します。
 この滞留するスラブ=スタグナント・スラブ(またはメガリス)は、日本列島の地下にもあり、マントル不連続面の直ぐ上に、長さ2,000km 以上に亘って横たわる冷たい構造です。  下図は、『スタグナントスラブを知り、マントル対流の新シナリオをつくる』 深尾 良夫氏( 海洋研究開発機構・地球内部ダイナミクス領域・領域研究代表者)より引用。


Fukao Yosio氏の研究より

 一方、スラブ内の橄欖岩は、相転移が進み、玄武岩の「浮き」に対抗する「錘」の役をします。
 時間が経つと、冷たかった玄武岩も陸側のマントルで温められて、相転移が進み、「錘」に変わります。

 一定時間が経過すると、「浮き」と「錘」のバランスが崩れ、マントル遷移層に滞留していたスラブは、下部マントルへと崩落して行きます。
 この下部マントルへと下降するマントルの流れを、コールド・プルームと呼びます。コールド・プルームは、 密度が大きくなったために、下部マントルの底=D”層まで達して堆積します。

  コールド・プルームが、マントル最深部のD”層まで達して外核を冷やすと、その反動で、流体である外核の活動が盛んになり、 D”層の別の場所が暖められて、ホット・プルームの上昇が起きる、と考えられています。  

ホット・プルームは、マントル物質(橄欖岩)が細い管のような状態で上昇してゆく流れです。上昇流の最上部は、キノコのような形状をしており、巨大なキノコの傘の部分に、温かいマントル物質が溜ります。そこから、枝分かれしたマントル物質が上昇します。  

 マントル物質の流れが直線的な割れ目に入っていけば、中央海嶺になります。キノコからそのままマントル物質が上昇すれば、活動域が最大1000kmに達するような超巨大火山を形成します。海嶺も巨大火山も、「南太平洋スーパー・プルーム」のように、巨大なマントル溜りがあるため、活動期間は1000万年から数億年に及ぶこともあります。

 現在の地球上で、 ホット・プルームが上昇しているのは、ハワイやアイスランドなどのホット・スポットです。巨大なスーパー・プルームの上昇は、過去には超大陸の分裂を惹き起こしたり、大量のガスを放出して気候変動の原因になったこともありました。

 ホット・プルームは、10億年前の海洋プレートに由来するという説もあります。この説の場合、沈み込んだ海洋プレートが、コールド・プルームとして下降し、D”層として長らくマントルの底にあったものが、10億年の時を経て、地表に戻ってきたことになります。

 また、 コールド・プルームとホット・プルームの上昇は、約1億年周期で起きるのではないか、という説もあります。1 億年ほど前(白亜紀前期)には、数千万年に亘って全く、地磁気逆転がありませんでした。この時代、プレートの移動が早く、火山活動が活発で、地球は非常に温暖な気候でした。この時代に、スーパー・プルームの上昇があったのではないかと推測されています。

注:  
D”(ディー・ダブル・プライム)層=コア・マントル境界は、下部マントルと外核の境界に位置し、深さ2700km にあります。ここは、下降してきた海洋スラブの溜まり場です。

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研究の対象になっている領域は「固体」であると考えられています。最初に述べたように、固体であると仮定して地震波の速度などを決定しておいて、計算結果に液体の上昇を導入するのは矛盾しています。

固体の中でこのように浮力だとか、沈降という流体力学の概念を使用するのは、根本的に間違いがあります。レオロジーという概念(固体でも長期的には流体)を使用としていますが、レオロジーの解釈が間違っています。地震波がマントル中を伝播しているように見えるのは「液体でも、衝撃波には固体的に振舞う」と解釈すべきです。マントルは液体ですから、プルーム的な動きはありえますが、計算結果から導くのは不適当です。

「プルーム・テクトニクスは、プレート・テクトニクスを含むマントル対流を表すモデル」と考えれれているものですが、「親亀こけたら、皆こける」に該当するものです。 『体系的廃棄』に含まれるもので、世界に誇れる日本発の研究ではありません。

2523
Date: 2017-06-13 (Tue)
深発地震面をベニオフゾーンで一般化することはできない
日本発のオリジナルな研究とされている深尾氏と丸山氏の研究は「ベニオフゾーン」と呼ばれている「深発地震面」を、プレートの潜り込んでいる姿だと「一般化」して解釈しています。

しかし、「深発地震面」が傾斜して大陸プレートの下に潜り込んでいるかのように見えるケースが全てではありません。マリアナ海域では垂直になっていますし、「面」にならない場所もあります。 ペルーやニューヘブリデスのように途中で途切れる場合もあります。


深発地震面の分類


青マルで示す区域の深発地震と日本近海のそれとは全く違っている
日本の例から一般化することはできない

なんといっても、大陸内部のパミール高原では「面」ではなく、「ロート」または「竜巻」のような形状をしています。これをどのように解釈するのでしょうか。

パミール高原での深発地震、面的とはいえない

また、ミャンマーやアラスカでの「深発地震」の分布は日本のように陸地部分に平行ではありません。とてもプレートの潜り込みに関係しているとは思えません。

 大西洋の南端部の海底にある「深発地震」も日本の場合とは違っています。

 日本近辺の例を使用して一般化することはできません。一部地域の例を説明するだけの仮説では世界規模で起きている現象を説明することにはなりません。勿論プレート理論が間違っているのですから、根本的に間違っています。

やはり、過去に起きた地殻の浮沈と関係する「熔融マグマの対流」が影響していると考えるべきでしょう。地殻は浮上しても、其の下部にあったマグマの流れは痕跡として残っていると考えるべきでしょう。

2524 
Date: 2017-06-14 (Wed)
「構造浸食」という着想のベースにある均衡概念
「大陸成長史」という観点からは、「大陸で常に形成されている花崗岩は増え続けるのか、大陸は膨張するのか」という論点が生まれ、どこかで浸食を受けなければ「均衡」が取れないことになります。

 また、付加体理論を進めれば、大陸(または日本列島)は常に増大し続ける、という結論になり、「地球膨張論」を採用しないと「均衡」が取れなくなります。 そうした観点が「構造侵食」という着想のベースにあるのかなと推定しました。

 「反プレートテクトニクス論」の星野先生は「昔の陸地の沈水は、海面上昇の結果であり、海面上昇は「地球の膨張」―深海底の上げ底作用―の結果である」と「膨張論」の立場で考えておられます。(地球の半径p.94参照)

 私の考えは「地球膨張論」ではありません。体積的「均衡・バランス」を取っているのは風化作用であり、オーソコーツアイトが謎を解く鍵だと思っています。


「産業技術総合研究所」センターのサイトより

[867]に述べましたが、玄武岩と花崗岩では成分がほぼ同じなのに、密度が違います。これは花崗岩が水を含んだ状態でゆっくりと冷却するときに結晶化して、密度を下げるからです。

つまり、成長し続ける花崗岩だけでは、大陸の体積は膨張する一方です。しかし他方で、地殻変動で上昇した花崗岩は風化を受けて結晶構造が崩れ、湖水での沈殿で分類化(石英、長石、雲母などに)され、石英はさらに砂漠での飛砂現象による円磨、熱による変成岩化、崩壊、河川流下による円磨という気の遠くなるような“流転”を経て、体積を減じ、「均衡」を取っているのだと考えます。

地球の体積的均衡をとるためには温度差の激しい砂漠という環境も意味があるのかなぁ・・・と思えてきます。

「構造浸食」の着想は『プレート論』や『付加体論』に拘束され過ぎています。

2525
Date: 2017-06-15 (Thu)
南極大陸は今の位置ではなく、文明が存在した
 国際科学者チームは南極への遠征で、1トン以上の恐竜の化石を発見した、とABCニュースが報じています。

 南極で恐竜の化石が発見されたニュースはライブラリー42(アロサウルス)にも紹介しました。また、福井の恐竜博物館で「オーロラを見た恐竜たち」という講演がなされた件も[1072]で紹介しました。

恐竜が生きていた時代には南極が今の位置ではなかったことははっきりしています。

その南極で恐竜の化石が1トン以上も見つかったいうニュースを紹介します。

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南極で恐竜化石が1トン以上見つかる

世界20か国の学者ら 今年8月 恐竜研究のためシベリアへ
7100万年前のものと推定され、膨大な海生爬虫類の化石が含まれている。


モササウルスの化石

クイーンズランド大の博士スティーヴ・ソルズベリ氏は語る。「我々はアロサウルスやモササウルスの化石を大量に発見した。後者は最近の映画「ジュラシックワールド」でよく知られるようになった。いずれの化石も浅海岩にあった。つまり、いずれも海生生物だったのだ」

科学者たちはまた、白亜紀後期に住んでいたアヒルなどの鳥類の化石を発見。 見つかった化石はチリに運ばれており、のち米カーネギー自然史博物館に送られさらなる研究が実施される。

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南極には「食文化」を追求したミュートラム文明を築いた人々が生きていたという話があります。恐竜の化石があるということは、今のような過酷な気象条件のもとではなかったことを意味します。

 ミュートラム文明の話もやがて、文明の痕跡が発見されて「科学的探究」の対象になってくるのでしょう。南極でピラミッドが発見されたというニュースもありましたが、「地殻移動」を考えれば何らかの文明が存在した可能性は否定できません。

 科学の世界でも「体系的な廃棄」を通して、超古代の文明の姿が明らかになってくると思います。 早く、古いからを脱ぎ去りましょう。(ミュートラム文明の話は[2385]にも紹介しました。)

2526
Date: 2017-06-16 (Fri)
お付き合い断層?病膏肓に入った地震学
「ひずみ」の蓄積や開放が地震現象だとする「力学無視」の地震学が継続しています。  
その一環ですが、海洋研究開発機構が「海底地盤のゆっくり滑りが繰り返されている」ことを米科学誌サイエンスに発表したというニュースがありました。「ゆっくりすべり」で歪みが蓄積される惧れがあるという内容です。  

また「お付き合い断層」という用語も生まれているそうで、地震学は「病膏肓に入る」(どうしようもない状態)という感を禁じえません。

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ゆっくり滑り、繰り返す=紀伊半島沖、浅い南海トラフ−海洋機構

 紀伊半島南東沖の南海トラフの浅い部分では、海側と陸側のプレート境界付近がゆっくりと1〜4センチ程度滑る現象が8〜15カ月間隔で繰り返されていることが分かった。海洋研究開発機構や東京大などの研究チームが16日付の米科学誌サイエンスに発表した。


ゆっくりした滑りが たとえあるとしても、 何も怖くはない。怖いのは爆発現象である。

  南海トラフでは海側プレートが陸側プレートの下に沈み込んでおり、境界付近にひずみが蓄積されてから急に滑ると大地震になる。浅い部分ではゆっくりとした滑りにより、ひずみの30〜55%程度が解消されているとみられるという。  

しかし、その影響が陸地に近い、深い部分に及び、ひずみが蓄積される可能性がある。1944年の東南海地震(マグニチュード7.9)はこの陸地に近い部分が震源域となった。

  海洋機構の荒木英一郎主任技術研究員は「ゆっくりした滑りの観測点を増やし、コンピューターによるシミュレーションと組み合わせれば、大地震のリスクを見積もる手掛かりが得られるのではないか」と話している。
 紀伊半島南東沖には沿岸からケーブルでつながった海底地震・津波観測網があるほか、探査船「ちきゅう」で深く掘削した2カ所の穴に水圧などの観測装置を設置している。研究チームは昨年まで約6年間の観測データを調べた。(2017/06/16-03:48)

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地震現象は歪みが開放して起きるのではありません。「解離ガス」という酸素と水素の混合ガスの爆発現象です。何度述べれば気付くのでしょうか。 昭和の時代に石本巳四雄先生らが説いていた「マグマ貫入理論」のほうが真実に近いのです。地震学は迷路に嵌っています。 さらに、「宏観亭見聞録」で「お付き合い断層」という専門用語があることを知りました。

この「お付き合い断層」に関して、国土地理院の地理地殻活動研究センター長という方のコメントがあります。

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1.SAR が見つけた「お付き合い断層」は地震断層の概念を変える?
:宇根 寛(地理地殻活動研究センター長)

阿蘇外輪山北西部の線状の位相不連続が現れている地域の現地調査を行ったところ、多数の地点で地表の変位を確認した。すべて位置、走向、変位の向きはSAR による分析とよく整合するものであった。この地域では地震活動は発生しておらず、応力の変化に伴う受動的な地表変動と考えられる。

 さらに、本報告では、SAR により地表の変位が面的かつ詳細に把握できるようになって以降、「お付き合い断層」がしばしば見られていることを紹介する。地表地震断層は地下の断層活動を推定する重要な手がかりとされてきたが、「お付き合い断層」が地震に伴って普遍的に発生する性質のものだとすれば、地表地震断層の見方を再整理する必要があるかもしれない。

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以上が、コメントです。

その他の文献にも「お付き合い断層」という用語があります。一例を紹介しますが、
科学論文(p.10 1-74)に載っていました。

「お付き合い断層」とは、「プレート境界の断層活動に伴う巨大地震に際して副次的に活動する断層」ということですが、写真から見て、爆発に伴ってできる「地割れ」に過ぎません。「活断層地震説」をアプリオリに受け入れてしまうと、とんでもない邪見の学問になってしまいます。地震爆発論から見ると「病膏肓にいる」、どうしようもない、という状況です。
地震学も、地質学も体系的廃棄が必要です。

霊人になった岡潔先生が以下のように語っています。

『(日本の学問は)ほとんど手本が西洋のほうにあるんだろうからなあ。残念ながら、理系教育の原型が。ほとんどあちらから入ってきているから、まあ、非常に残念なんだが。日本独自のなあ、やっぱり、オリジナリティーのある、インスピレーションを受けた「発明・発見」をつくっていかないといけないな。』

そして、関孝和の微分積分の発明などを上げています。

小川琢治・石本巳四雄先生らの地震学・地球観をどうか見直して欲しいと願っています。

2527
Date: 2017-06-17 (Sat)
「お付き合い断層」は地震のメカニズムが分っていない証拠である
「お付き合い断層」という用語がいつから使用されているのかを調べてみたら、2012年の週刊現代の記事にありました。

最悪の場所で発見された!田端→飯田橋→四ツ谷 「首都縦断」活断層でM7地震ここを直撃する「首都高倒壊」「JR中央線の外濠落下」「防衛省機能マヒ」に備えよ

 という2012年9月の記事を抜粋して紹介します。東京都内で断層が発見されたというニュースです。

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「巨大地震の後」が危ない

〈JR田端駅近くから、飯田橋駅付近を通り、外濠に沿って四ツ谷駅付近に至る全長約7kmの活断層が存在する可能性がある〉

 8月20日、地質学の専門家が集まる日本第四紀学会で発表された、衝撃的な調査結果が防災関係者たちのド肝を抜いている。  

東日本大震災から、まもなく1年半。首都圏直下でも大地震が起こる可能性があることは、たびたび報じられてきた。だが、首都のド真ん中を縦断する巨大な活断層の存在が、これほど強く示唆されたのは初めてと言ってもよい。


断層はかつて起きた大きな地震の傷痕に過ぎません。
活断層というものは存在しません。

もし今回発見された断層を震源とする地震が起これば、これらの機関が一度に壊滅する可能性さえある。まさに、日本の中枢を揺るがす「最悪の場所」に存在すると言っていいだろう。

 このような重大な危険がなぜこれまで見過ごされてきたのか。地形学が専門の池田安隆・東京大学大学院准教授はこう解説する。

「今回発見されたのは、南北方向の『正断層』というもの。実は、これは房総半島などでもたくさん見つかっています。ところが今までは、なぜ関東平野に正断層が存在するのか、理屈が分からなかったんです」

南北方向の正断層は、大地が東西方向に引っ張られることで発生する。しかし東日本大震災以前、日本列島は太平洋側のプレートに押されて東から圧縮されていた。押されているのに、なぜ引っ張られたときの断層が存在するのか---。

「活断層の専門家は扱いに悩んだ末、これらを無視してきた面もあるんですね。

 ところが3・11でプレートの歪みが解消されると圧縮されていた日本列島がもとに戻ることによって東西方向に伸びた。つまり、これらの正断層は、巨大地震のあとになって、お付き合いで、追い打ちをかけるように動くのではないかと分かってきた」(同前 池田教授)

 無視されてきた正断層は、3・11のような巨大地震のあとに動く可能性が高い、恐ろしい存在だったのだ。

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「正断層は引っ張りによって起き、逆断層は圧縮によって起きる」という理解そのものが間違っています。断層は地震の結果として起きるものですが、爆発の方向が水平なら正断層が、垂直に近ければ逆断層ができます。 爆発の方向が問題になっていることがまったく理解されていません。


爆発が水平に近ければ垂直断層が正断層になります
「熊本地震」にみる地震学の矛盾より(p.39)

このような地震学の実体では大きな地震で「お付き合い」の断層ができると解釈するのでしょうが、「病膏肓」です。

地震爆発論に切り替えるべし!

後記:

「お付き合い」というおよそ科学的でない用語が何故使用されるようになったのか本当に不思議ですが、変動地形学の学者も使っていました。

敦賀原発:真下の浦底断層と破砕帯:立地不適格の可能性より

破砕帯の危険性を指摘し続けてきた専門家がいます。
「ひとつひとつ(の被砕帯は)地震を起こさないかもしれないが、本体の活断層が大きく動いたときにおつきあいで動いてしまうと。
それで原子炉が壊れてしまうのでは」(東洋大学・渡辺満久教授〔変動地形学〕)
記録として動画も残しておきます。

2528 
Date: 2017-06-22 (Thu)
付加される時期とされない時期は何で決まるのか?などの疑問
紹介する記事の末尾にある「地質学者は、常識と非常識を、いつも意識して、調査することが求められているのです。」という文章を見て、驚きました。

 現代の地質学者は本当に付加現象というものを信じておられるようなのです。プレート論が間違っていることが分ったら、真っ先に否定される考え方なのですが、中世のGeocentricな思想(天動説)の世界に住んでおられるようなものです。([2439]参照)

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常識と非常識より  

ここで用いた原則が、「地層累重の法則」です。非常に常識にかなった法則です。しかし、この常識的な「地層累重の法則」が、すべての地層で、普遍的に使えるととは限らないことがわかってきました。  

それはプレートテクトニクスという考え方の登場からです。プレートテクトニクスという考え方は、地球表面でに10数枚のプレートがあり、それが、移動しているという考えです。中央海嶺で海洋プレートは生成され、海溝で海洋プレートは沈み込みます。大陸プレートは、分裂や合体はしますが、沈み込むことはありません。

プレートテクトニクスで、海洋プレートが、大陸プレートの下に沈み込むところでは、海洋プレートの上にたまっていた地層が、プレートに伴ってもぐりこもうとします。しかし、堆積物は、軽いため、沈み込めず、プレートからはがされて、陸側のプレートにくっつきます。これを「付加」といいます。

プレートの沈み込みが続く限り、付加は続きます。前に付加した地層の下側に、つぎの地層がもぐりこんでは、付加していきます。つまり、古い地層の下に、新しい地層が入り込むのです。それが、長い間繰り返されて、大きな地質体となったものを、「付加体」と呼びます

  付加体で形成された地層は、堆積順序が「地層累重の法則」を守っていないのです。「地層累重の法則」を守っている地層と、守っていない地層は、見かけや構成が全く違っていることもあるのですが、ときには、砂岩から泥岩という、河川が運んで「地層累重の法則」にしたがってたまった地層と同じものものがあります。

それに、「地層累重の法則」を守らない付加体で、上の地層と下からくっついた地層との境界は、薄いかみそりの刀も入らないないほどぴったりくっついていることもあります。だれが見ても、そこには時代のギャップ、それも逆転した(古いものが上、新しいのが下)ものがあるなどとはわかりません。でも、付加体では、そのような常識はずれのこと、非常識なことがおこっているのです。  

では、そんな見てもわからないようなものを、どうして見分けたのでしょうか。  

それは、微化石とよばれる非常に小さな化石の研究と、詳細な地質調査(センチメートル、ミリメートルのオーダーの調査や資料採集をすること)によってわかってきました。  

 微化石は、顕微鏡や電子顕微鏡などで見なければ判別できないほど、小さな化石のことです。微化石の研究では、日本の研究者が大いに貢献しました。  
微化石は、コノドント(ヤツメウナギに近い動物の食物を選別し、すりつぶす器官)や有孔虫や放散虫、珪藻などがあります。このような多種多様な微化石を用いて、一枚一枚の地層の詳細な年代決定をおこなって、どの地層の間に時代間隙があるのかを見極めてきました。非常に根気のいる研究です。  

 ですから、地層をみたとき、それが、「地層累重の法則」でたまったものなのか、それとも「付加体」でたまったものなのかを見分けなければなりません地質学者は、常識と非常識を、いつも意識して、調査することが求められているのです。

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 既に[2452]以降で述べてきたように、地層の上下逆転は地殻変動による「地殻の捲れあがり」で説明が付きます。プレート論はベロウソフ教授も言っているように、

「構造地質学のあらゆる基本的なデータの完全な無視の上に立ち、しかも第一に説明すべきことを全然説明しなかった」

理論です。当然様々な矛盾が出てきますので、ごちゃごちゃとした修正案が出てくることになります。

その一つが付加される時期とされない時期が交互にやってくるというものです。上記の文章「プレートの沈み込みが続く限り、付加は続く」とは矛盾するようですが、抜粋して紹介します。

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地学雑誌
Journal of Geography 119(2)362—377 2010 

付加体の構造侵食による前弧の構造発達  植田勇人

より抜粋


図 9 構造侵食—底付け再付加モデルを適用した場合の、
前弧の低角構造の成因に関する模式図。BS:青色片岩相、LA:ローソン石曹長石相。

日本列島の地史には付加期非付加期があったと考えられるが、 付加体地質学は当然ながら付加期に形成された付加体を主な研究対象とするため、非付加期における前弧テクトニクスは十分評価されてこなかった。本論文では、陸上付加体や高圧変成帯に認め られる地質構造のいくつかの特徴が、付加期に引き続く非付加期において、構造侵食と底付け再付加によって形成されるというモデルを提示した。以下にその内容をまとめる。

付加期には、側方短縮によって比較的高角な地質構造をもつ前縁付加体が形成される。この時期に底付け付加によって高圧変成岩が形成される場合には、チャートや苦鉄質岩を原岩とする付加ユニットが卓越すると推定される(図 9A)。

非付加期になると、すでにウェッジ先端付近にあった前縁付加体は深部へと引き込まれ(構造侵食)、陸源砕屑岩を多量に含む高圧変成岩が形成される(図 9B,C)。既往の高圧変成岩は、新たに引き込まれてくる浅部起源物質によって押し上げられる。この物質移動によりウェッジ上面は急傾斜化し、側方伸長場になる。既往付加体は海溝側に傾動しながら伸長し、低角な地質構造を獲得する(図 9C)。

隆起する高圧変成岩は、自身と上載地質体の薄化によって低角構造を発達させながら減圧する。

再び付加期が訪れると、付加ウェッジは側方圧縮場に戻る(図 9D)。ウェッジ先端部には新たな前縁付加体が形成されるとともに、既往付加体や高圧変成岩で構成される前弧の低角な地質構造は正立褶曲により座屈する。

本論文は、上記モデルの検討にあたり、最も単純なコーナー流を想定した。しかし実際には、 深部で塑性領域、その上位に脆性領域という、物性の異なる最低 2 層の構造が想定されるので、 より複雑なダイナミクスが進行する可能性が高い。Gerya et al.(2002)の数値計算では、蛇紋岩化した塑性的なウェッジマントル内と脆性的な地殻内とで別個のセルのコーナー流がおこる様子が提示された

そこでは、高変成度岩は塑性領域内での流れによって上昇した後に、その一部が地殻内の流れに巻き込まれることによって地表まで上昇する。Maruyama et al.(1996)は高圧変成岩の上昇過程について、初期の塑性領域での搾り出しと、後期の脆性領域における低角ユニットのドーム状隆起という、2 段階を認めた。彼らのモデルは、初期および後期の原動力としてそれぞれスラブ傾斜角の浅化と底付け付加が想定された点で、本論文で提唱した構造侵食モデルと見解が異なる。しかし彼らのモデルでは、塑性・脆性境界を挟んだ上昇モードの変化を考慮に入れて地質構造の発達が説明されている。

本論文のモデルでは、バックストップが有効に働けば脆性領域での引きずり流が塑性領域の岩石(例えば青色片岩) を搾り出す効果を期待できる(図 8B)。しかし、エクロジャイト相のような大深度までその影響が直接伝播するとは考えにくい。この点は当モデルが抱える大きな課題の一つであり、今後より深部でのダイナミクスも考慮した検討が加えられる必要がある。

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以上が抜粋記事です。 体力学の成立する範疇での研究のはずですが、所々に、流体力学用語が出てきます。
このような粘弾性体力学の数値計算のようなことが正当なものなのかどうか、流体的固体力学のような机上の研究が評価される時代というのは後世何処まで持つのだろうと考えてしまいます。
少なくとも、プレート論の実体が明らかになれば、朝陽の下の霜の如く消え去るでしょう。

2529
Date: 2017-06-23 (Fri)
東海地震説は間違いだったと元地震研準教授が講演
横浜の講演会で、元東大地震研の準教授が「東海地震説は、提唱から40年たって起きていないのだから、間違いだったというべきだ」と述べたと、報じられています。  

何が間違いだったのか?プレートテクトニクスを信奉する地震学が間違っているのは明らかです。

 だから、演者が次の地震は2035年頃というのも、何の根拠もありません。

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巨大地震の再来警戒を 横浜、専門家が講演
6/18(日) 17:00配信

「歴史地震から考える21世紀の大規模災害」と題した講演が17日、横浜市神奈川区の神奈川大であった。元歴史地震研究会会長の都司嘉宣・深田地質研究所客員研究員が、平安時代の869年に起きた貞観地震と東日本大震災の酷似性を指摘。貞観地震の9年後に関東で大規模地震があったとして、その再来に対する注意や備えを呼び掛けた。


巨大地震の再来を念頭に、耐震化などを呼び掛ける都司氏
=神奈川大横浜キャンパス

 都司氏は各種の調査結果を基に、震災と貞観地震の津波浸水域が「ほぼ同じだった」とした上で、「貞観地震の溺死者は千人とされているが、当時の日本の人口は約600万人。今の人口に置き換えれば犠牲者は2万2千人ぐらい」とし、被害規模にも共通点があると論じた。

 9世紀は富士山の貞観噴火(864〜866年)や南海トラフの仁和地震(887年)などが相次ぐ「災害の世紀」だった。東日本大震災以降、水害や火山噴火が多発する現在の状況をなぞらえる研究者も少なくない。

 都司氏は9世紀の災害のうち、相模や武蔵で被害が大きかった878年の元慶地震に着目。その液状化痕が埼玉や千葉で見つかっているとして、1923年の関東大震災級の巨大地震だった可能性を強調した。

 一方、南海トラフの一部である静岡・駿河湾で切迫しているとされてきた「東海地震説」について「提唱から40年たって起きていないのだから、間違いだったというべきだ」と指摘。ただ、南海トラフ地震のこれまでの発生履歴を考慮し、次の地震は「2035年ごろに起きるのではないか」との見方を示した。

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東海地震切迫説は何度も地震学者から発信されてきましたが。一度も当たらず、一度も「陳謝」の言葉がありません、言いっ放しが続いています。

何故当たらないのかは、地震のメカニズムをきちんと把握していないからですが、「地球という生き物が何時発病するのか」という問題だからです。地域住民の摂生の仕方でどうにでもなることを、医者が予見することが困難なのと同じです。

民衆:では本当は何年ごろに地震が起きますか?

主治医:「そんな生活をしていると、そのうちに大病にかかる」というようなものだよ。

民衆:だから、何年後に発病するか教えてください。

主治医:あなたの生活態度の掛かっているから、そんな予想はできないよ。一年後かもしれないし、10年後かも分らんよ。

天罰なんて言ったら騒ぎになるから言わないけど、
あんたの摂生次第だよ。だけど地震の発生メカニズムを正しく把握して、研究すれば、直前の予兆を知ることはできるけどね。

まあ、プレート論を信奉しているうちは不可能だね。

2530 
Date: 2017-06-24 (Sat)
ゆっくり滑り、ゆっくり地震は地震現象とは無関係である
[2526]にも紹介した「南海トラフのゆっくり滑り」の件が今日の読売新聞にも載っていました。

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紀伊半島沖、「ゆっくり滑り」周期的に観測
6/24(土) 14:09配信

読売新聞


(写真:読売新聞)

 海洋研究開発機構や東京大などの研究チームは、南海トラフ巨大地震が懸念される紀伊半島南東沖で、ゆっくりとプレート(岩板)境界面が滑る「ゆっくり滑り」が、8〜15か月周期で起こっているのを観測したと発表した。

 詳しい震源域の状態や、地震のメカニズム解明につながる可能性があるという。論文が米科学誌サイエンスに掲載された。

 南海トラフでは、海側のプレートが陸側のプレートを巻き込むように下に沈み込んでいる。そのひずみに耐えきれずに境界が急に動くことで、最大でマグニチュード9級の巨大地震が起こると想定されている。一方、境界がゆっくり動く「ゆっくり滑り」については、よく分かっていない

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「ゆっくり滑り」、「ゆっくり地震」という現象はよく分っていないそうですが、「地震現象」を「断層運動」と誤解しているための起きている、プレートテクトニクス理論の矛盾を示すものだと地震爆発論の立場では判定します。

分かっていないのに、さも重大な意味のある現象であるかのように「南海トラフ地震」と関連させて、国家予算を使用して良いものでしょうか、どのような成果があるのかを期限を切って予算執行することも考えなければいけないと思います。注:参照

「ゆっくり滑り、地震」がどのように把握されているのかを知るために、NIEDの資料から紹介します。

5.3 津波と津波地震・ゆっくり地震 - NIED Hi―netに載っている概説です。

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=== 図5.13 GPSで捉えられた1994年三陸はるか沖地震前後の久慈における変位(Heki et al.1997、Nature、386より) ===
地震現象は爆発的瞬時に変動が生じるものです。「余効すべり」は災害を齎すものではありません。

図5.13は、 1994年三陸はるか沖地震(M7.5)の前後にGPS観測によってとらえられた、岩手県久慈観測点における変位の時間変化を示しています。地震の発生と同時に約1mの東方向への変位を示したのち、1年以上にわたってだらだらとした同じ向きの動きが見られます。  
これは、地震時の高速すべりに続いて、断層面上でゆっくりとした「余効すべり」が継続し、本震とほぼ同じくらいの地震エネルギーを地震後に解放したものと解釈されています。

=== 図5.14 断層面上のずれの時間経過の違いによる様々な「ゆっくり地震」 ===
スロースリップとか余効すべりは地震現象の本質を意味するものではありません。

 このように、様々のタイムスケールでゆっくりとした破壊が震源で進行する現象を、総称して「ゆっくり地震」または「スロースリップ」と呼び、「津波地震」はそのうちの一部とみなされます。あまりにゆっくりで、通常の意味の地震波は勿論、津波さえも伴わない地震は「サイレント地震」(沈黙地震)と呼ばれることがあります。図5.14は、様々なタイプの「ゆっくり地震」を断層面上のずれの時間経過の違いによって模式的に示したものです。

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以上がNIEDのサイトに載っているものです。

地震とは「爆発的な現象」として衝撃的に地盤変化を伴うものです。断層地震説(定説)では、「変動から地震波が放出される」と考えられていますが、「地震の原因と結果」が逆転しています。「衝撃的爆発」が原因であって、変動つまり断層はその結果です。  

また、ゆっくりと変化するような地盤変動がたとえあったとしても、「地滑り」のような現象と「地震」はまったく違います。

スロースリップという地すべり的な変動は地震の本質とはまったく関係がありません。

 「地震観」を変えないと、これ以上の地震研究の進展はありません。

 地震研究における「体系的廃棄」が必要です。

注:

10 地殻の歪みは蓄積できないに紹介した坂柳先生の批判・・・「地震学的には面白い」ので、地震予知には関係なくても予算を貰っている・・・という学者の姿勢があるのなら改めるべきです。坂柳先生の言葉を紹介します。

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それは地震予知の研究が始まった時、先ず何をすべきかと言うことになり、萩原尊禮先生の提案で今の様な研究がはじまった。
(その時)これは10年もたったなら目鼻が付くであろう、その時よく結果を検討して次を考えようと言うことで始まったと聞いている。

ところが始めて見ると、思いのほか色々な現象が現れ、地震学的には面白いが、予知には繋がらないことが分かってきた。この時期に大きな反省をすべきであった。

それが出来なかったのは萩原先生の呪縛に掛かってしまったのであろうか。それとも狭い地震学的な考えしか浮かばず、物理学的に何が本質かを考えつかなかったのか。

いずれしろそれは地震学会全体の責任であると思われる。

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以上が坂柳先生の批判の抜粋です。

地震学者の猛省が求められているのではないでしょうか。勿論マスコミも責任があるでしょう。

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